夜半の月-6
そこからの記憶はもう定かではない。
気づいたら布団の上で眠っていて、朝になっていた。
道長の姿は無かった。
夢かと思ったが、体が変にすっきりしていて、さともどこかよそよそしかった。
夢ではないのだ。わたしは、道長と、時の権力者と関係を持ってしまったのだ。
にもかかわらず、今の今まで、道長は何の連絡もよこさなかった。
ようやくひと月経って、姿を見せた。筆が進まなかったのも、この男のせいだ。
だが、道長の質問には答えない。答えられるはずもない。
時の権力者なのだ。権力者とは、そういうものだという事もわかる歳になっていた。
そもそも、自分の作品の主人公も権力者なのである。
「なかなか来れなかったのは、俺にもやる事が多くてな。息子の頼通がもう少しまともになったら、俺の後を継がせる。そうしたら俺は隠居するつもりなのだ」
「隠居などと、まだお若いのに」
道長は、頼通には容赦がない。
既に高い位を得ている頼通だが、彼をあちこち連れて回っては公衆の面前で叱りつけるのだ。
頼通は温厚且つごく真面目な性格で、それなりに諸侯から慕われてはいた。
ただ、道長の後を継ぐには平凡すぎるのかもしれない。
それが、道長にはどこか気に入られずに、鍛えあげられているのだ。
道長はあまたの政敵と、刀を使わない心と心の闘いで勝ち上がって地位を築いた男だ。
そんな男の後を継ぐのは、さぞ荷が重いことだろう。
道長はすくりと立ち上がって、わたしの横に腰掛けて言った。
「そうだな。俺もまだ若いと、先月よく分かった。女の一人くらいは、まだ満足させてやれるようだ」
「……おやめください」
「覚えておるか? お前はこの間、途中で気をやってそのまま眠ってしまったから、俺の相手はそこの女官がしたのだぞ」
「さとが、ですか? そんな」
「だから今宵こそは、お前が俺の相手を務めるのだ」
「そんな……道長様には、他にふさわしい相手がおられます」
「ほう、たとえば?」
「たとえば……和泉式部などは、わたしより美人ですし……」
わたしが言うと、道長はさもおかしそうに高笑いを始めた。
「和泉式部とは……あの”浮かれ女”のことか?」
「そのような呼ばれ方は」
「あのような女と夜を共にしたら、俺も精を根こそぎ吸いつくされてしまうな。お前も知らぬ訳ではあるまい?」
「それは……でも、男性の喜ばせ方には長けておりますし」
和泉式部は、わたしの同僚の女房である。
やはり、わたしと同様に道長の庇護を受け、和歌の歌集を作っている。
彼女の、中でも恋愛の和歌については誰も太刀打ち出来ない独自の境地を拓いている。
だが、その才能が彼女を歪めているのか、恋愛については節操がなかった。
しかも、その事について、本人の自覚がない。
男と関係を持っては、その男の事をすぐに忘れて、他の男に走るのである。
そして彼女の中では、いつの間にか自分が男に捨てられた悲劇の女になっているのだ。
彼女はそんな自分を歌に詠んで、歌集を作る。歌の出来自体はすこぶる良い。
だが、わたしには少々ついていけない感性の持ち主だった。
道長も、そんな彼女を”浮かれ女”などと評していた。