嬉しい訪問者-1
誠実な瞳をもつ水蓮はゆっくり立ちあがり、最後にもう一度葵に頭をさげた。
「ありがとう、どうかお幸せに・・・水蓮」
「・・・・・葵さま・・・」
何か言いたげに口を開いた水蓮は切なく微笑んで黙ってしまった。
葵が首を傾げて彼の顔を覗きこむ。
「い、いいえ・・・またお会いしましょう」
「・・・はい、必ず」
そう微笑む葵。ぱっと顔を逸らした水蓮はゆっくりと歩き出した。葵は彼の姿が見えなくなるまで、その背中を見守っていた。
王宮へ戻ろうと扉に近づくと、小さな影がこちらを伺っていた。
「蒼牙・・・ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
きゅっと葵の裾を握って上目使いに蒼牙が見上げている。
「う、ううん・・・」
不安げな瞳に葵は目を細めた。
優しく頭をなでると蒼牙は頬を染めて喜んでいる。まだ名前のない子犬が元気よく尻尾を振って葵の足元にまとわりついた。
彼らと共に広間に戻り、朝食の用意を始める。
(一人では生きていけない小さな子供たちを救わなくては・・・)
目を閉じ、民の声に耳を傾けようとした葵に蒼牙の声がかかる。
「この子、なまえ・・・な・・い」
「・・・そうだったね、一緒に考えよう?」
それから葵と蒼牙、子犬とで食卓を囲みながら名前を考えた。昨日は薄汚れていた子犬も浄化された毛色は柔らかそうなクリーム色をしている。
「いぬ、ここに・・・いる」
「ん・・・?」
「いない、じゃない。・・・いる」
しばらく考えていた葵は、なるほどと手を合わせた。(蒼牙は、いぬを"居ぬ"、ではなく"居る"とかけているのね?これは素敵な発想だわ)
納得した葵は蒼牙の命名に賛同した。
「それとても素敵な名前ね!!・・・いる・・・偉流・・・偉瑠・・・・」
興味津々に身を乗り出す蒼牙は葵の提案した漢字に元気よく頷いている。(この子の気に入る字はどれかしら?)微笑ましく蒼牙の様子を伺っていると"偉琉"という字がかっこよく見えるらしい彼の希望により子犬の名前が決定した。
初めてつける名前に蒼牙はたいそう喜び、偉琉を抱き上げてたえず名前を呼んでいる。
そのとき、門の外から声がかかった。