人のぬくもり-1
おそらく、この少年には両親も助けてくれる大人さえ傍にいないのだろう。
(この子だってお腹がすいているのに・・・子犬のために食事を、と・・・)
「初めまして、私の名前は葵です」
食事をおいしそうに口いっぱいに頬張る少年は、そのまましゃべった。
「あ、りがと、あお・・・い」
「どういたしまして、あなたのお名前聞いてもいい?」
「・・・お、れ・・・なまえ、な・・・い」
「・・・・っ」
しょんぼりと俯いてしまった少年を見た葵は、その胸の苦しさに耐えられず彼を抱きしめた。
まだ4〜5歳ほどの小さな体は痛々しいほどの痩せていた。世界中の人々の声が聞こえているはずのなのに、どうして見落としていたのだろう・・・。
「・・・どう、かし・・・たのか?」
少年の瞳を見ると、世の中に対する不満や悲しみの色は見えない。
(きっとこの子は自分の置かれた環境が苦しいと思っていないのかもしれない・・・)
聞こえる言葉だけが全てではないことを葵はこのとき初めて実感し、己のふがいなさが身に染みた。
葵は愛しさを込めて少年の頬にふれると、少年は丸い目をさらに丸くして葵を見つめた。
「君の名前・・・私がつけてもいいかな?」
「お、れの・・・?」
「うんっ」
ぱぁっと表情を明るくし、笑う彼の頬が赤く染まる。
「な、まえ・・・っなに!?」
急かされて葵は考えた。
蒼い髪に、笑うと可愛い少年の八重歯。
「蒼牙」
「・・・そう、が?」
「君の綺麗な髪の色と、可愛い八重歯。うんっ!!素敵な名前っ」
「そうがっ!!」
少年は興奮したように葵に飛びついた。初めてもらった名前に彼はとても幸せそうだ。何度も自分の名前を口にして、そのたびに葵へ笑顔をむける。
それから子犬にも名前をつけようとなったが、夜もだいぶ更けてしまったので・・・蒼牙と子犬を連れて葵は自室のベッドへと彼らを寝かせた。
初めての訪問者、そして料理を振る舞い、誰かと眠る。人々にとって普通にあることを葵はこの日初めて体験した。自分の問いかけに反応がある幸せを、ぬくもりを、愛しいと思うのだった。