慈悲の心-1
目を閉じれば、あらゆる生き物の声が聞こえるようになった葵はたくさんの心の声に耳を傾けていた。
(北の大地では珍しい花が咲いたのね・・・人々が笑っている・・・そう、あそこの橋が完成したの・・・・、怪我人が出てしまったみたいだわ)
葵は小さなことも見逃さなかった。杖を軽く持ち上げて床へおろす。慈悲の光が傷ついた民のもとへ瞬時に飛んでゆき、その民たちのもとへ降り注ぐ。
「・・・?なんだ?この光は・・・・」
どよめきが起こる。
「やはり、この世界に王が君臨されたという噂は本当だったのか・・・?」
「・・・王?王ってなんだ?」
「・・・たしかに・・・
数年前までとても人が住んでいけるような状態じゃなかったよな・・・」
「俺、・・・俺みたぜ!!
不思議な光がものすごい勢いで大地を駆け巡ったの!!そしたらよ・・・うちの病気のばあちゃんが・・・っ元気になって・・・・・」
思い出したように次々と身に起った変化を人々は口にし始めた。今さっきまで機材の撤去で足をとられ、大怪我をしていた男は・・・まだ信じられないというように自分の足を眺めていた。
彼の名前は、東条(とうじょう)という。
(この世界の王・・・
本当にいるのかもしれない・・・人間にはない力が確かに存在しているんだ・・・)
「私たちを見守ってくださっているのですね、ありがとう・・・」
東条は独り言のようにつぶやいた。その声は葵の耳にも届いた。葵が小さく微笑むと、男をとりまく風が優しく頬をなでた。
小さな苦難に葵は手を出さず民を見守ることもあった。試練は人々を強くする。彼らの成長を手助けするのが葵であり、母親が愛情をもって子供たちに接するような感じだった。
――――――・・・・・・・
いくつもの年月が流れ、東条には成人をまもなく迎える孫たちがいた。彼はかつて身に起きた不思議なことを子供たちへ、そして孫たちへとよく話していた。
「おじい様の話すごくおもしろいです。この世界には王様がいて、私たちを守ってくださっているのですよね?」
孫の斉条(さいじょう)は、東条の若かりし時とそっくりな綺麗な黒髪の青年だ。聞き飽きたとばかりの他の孫たちとは違い、この斉条だけはいつも親身になって話を聞いてくれた。