契〜あの日の約束〜-4
―…
―コンコンッ
杏里は家族が寝静まった後、千里の部屋の前まできた。周りに人の気配がない事を確認して、ドアをノックする。
(まだ…12時過ぎ…。千里は起きてるはず。)
「はい…」
―ガチャ
「杏里…」
「今…イイ?」
「うん…イイけど…」
千里は少し驚いた顔をしていた。
「ま…取りあえず、座れば?」
「うん。」
―ギシッ
座ったベッドがイヤらしく軋む。
(ヤバい…無駄に緊張する…)
千里は椅子に腰掛けた。
「「…」」
(気まずい…かも)
微妙な沈黙が二人の間を走る。
「…今日さ…」
「…え!?」
沈黙を破ったのは千里だった。
(なッ…何!?)
「帰り…オレら会ったじゃん。」
「…うん…」
(何…言おうとしてるの?)
「俺は…奈美恵の事友達だと思ってる。」
「奈美恵?…あぁ。ギャルみたいな子ね。」
「うん。そう」
「…で?」
杏里には、千里が何を言いたいのかわからなかった。
「あぁ〜…何ていうか…杏里に誤解してほしくないっていうか…」
「…うん。」
(それは…どんな意味で?)
「俺さ…杏里が、俺の知らない男と帰ってんの嫌って…思った…。」
「え…?」
(あたしと…同じ…?)
「いや…変な意味じゃなくて!!」
「あたしも!!」
いきなり立ち上がった杏里にビックリして、千里は目を大きくする。
「あたしも…ね。千里がギャルと付き合うのは嫌やなぁ〜って思ってた。」
「…うん。大丈夫。俺とあいつは友達だから。」
千里が優しく笑うから、杏里は少し泣きたくなった。
「うん…」
「…杏里は?あいつと友達?」
千里はおそるおそる杏里に尋ねる。
「うん。友達。」
(友達。うん。友達。ただの友達。)
「そっか…。何か安心した…」
「…。」
(その…安心した理由がしりたい…)
杏里は複雑な気持ちで千里を見つめる。それに気付いた千里は、首を傾げた。
「ん?何?」
「何が…?」
無意識のうちに千里を見ていた杏里も、首を傾げる。
「いや…杏里がじっと見るから…」
「え…いや…ううん…何でもないよ」
杏里は言えない気持ちを心の中で握りしめた。
『言ってしまえば、全てが壊れる…』
一人でいた時に告げると決めた気持ちも、本人を目の前にして急に怖くなってしまった。
(…でも、やっぱり好きだなぁ…)
はにかんだ笑顔も、無意識の時の視線も、綺麗な形の唇も、二重で深い黒の瞳も、最近筋肉がついた腕も…。
杏里は千里の全てが欲しいと思った。
(もし…好きって言ったら千里はどうする…?あたしを避ける?一生口聞いてくれないかな…?)
考えれば考える程、杏里は胸が苦しくなった。好き過ぎて、気持ちを伝えたくて…。杏里は感情のコントロ-ルが難しくなっていた。
(千里…好き…)
「あッ杏里?!何で泣いてんの!?」
「ほぇ…?」
気持ちより先に身体が反応し、杏里の瞳から大粒の涙が流れていた。
「あ…涙?」
「そうだよ!!何で!?」
あたふたしている千里が面白くて、杏里は笑った。いや、笑いたかった。
「ふッ…うぇッ…うぅッ…」
(あれ?笑いたいのに…涙止まんないよ…)
一度涙が出ると、全ての感情が次から次へと溢れてきてどうしょうもなかった。
「杏里…」
「うッ…ひくッ…うぇぇッ」
(気持ち…伝えたい…ッ。でも、怖いよッ)
―ギュッ
「せッ…んり…?!」
次の瞬間、杏里は千里の腕の中にいた。
「…俺…杏里が泣いてんの見たくない…」
千里の腕の中は、暖かくて居心地がよくて、杏里は目を瞑る。
「…う…ん…」
そっと千里に腕を回した。
(千里…あったかい…)
「だから…泣くなよ…」
千里の声色はしっかりと杏里の心に届いた。
(千里に自分にも嘘はつけない…。もう気持ち伝えなっきゃ…)
そして、杏里は決めた。全て伝える事を。
「…千里…」
「ん?」
「好き…。」
「え?」
「好きなの…。千里の事が…ッ…好き…」
杏里は千里の顔が見れなかった。精一杯の言葉を紡ぎだす。
「変な事かもしれない…。兄弟だし…。でも私…千里が…」
「もうイイ!!」
千里がおおきな声を出した。
(あぁ…嫌われたかな)
杏里はそう考えずにいられない。
(でも…伝えられてよかった…)
「杏里…もういいよ。」
「…ゴメンね。変な事言って…」
「違うッ。」
「え?」
「それ…俺がいいたかったんだ。」
杏里が顔を上げると、少し照れた千里が映った。