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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-17

―――今日は、卒業式。
つつがなく式を終え、圭輔はほっと胸を撫で下ろすと同時に、初めて自分の受け持った生徒を送り出せた事に感動を覚える。
しかし、クラスの受け持ちがない彼としては、少し残念な気持ちもある。
生徒たちもそれぞれ卒業の感慨に浸っていた。

時刻はもう夕暮れに差し掛かっているせいか、だいぶ残っている生徒の数も減った。
何となく、図書館に足を向ける。
彼にとっても、勿論そこは特別な思い入れのある場所でもある。
本当に感覚的なものだが、何となく彼女に会えるような気がした。
いつもカウンターに座って静かに本を読んでいる彼女、今日はいない。
しかし、やはり彼女はここにいた。
今日は、窓際の棚に浅く腰掛けて、本を読んでいる。
最後の最後まで、彼女はマイペースだと、圭輔は笑みを零した。
…初めて出会った時の事を思い出す。
夕闇が迫る教室、初めて彼女と2人きりで話をしたあの日。
昼間の印象とは違う、赤く染まりゆく教室に圧倒的な存在感で佇んでいる彼女の美しさに、目を奪われ、心まで一気に攫われてしまう。
まさか彼女がこんなに個性的な娘だと初対面では思いも寄らなかったが。
それに、あの出会いから、こんなに彼女と親しくなるなんて想像もつかなかった。
今も、まだ彼女は自分の存在に気付いていないのか、穏やかな表情で本に目を落としている。
この場所が、彼女は本当に好きだったんだろう。
何だか、侵すことができない領域のようで、声を掛けるのが躊躇われた。
しかし、先に彼女の方が彼の存在に気付いたようだ。
「…先生?」
顔を上げて、微笑みを浮かべる。
「まだ、残ってたんだ」
「はい、もうここに来る事もないから、最後に…。気付いたらもうこんなに遅くなっちゃったんですね」
「…クラスで集まりとかなかったのか?」
「あー、何か誘われましたけど…そういうの苦手なんです。もう面倒見の良い委員長からも卒業ですから別にいいかなぁって」
英里の邪魔をしないよう、圭輔も静かに隣に腰掛ける。
開かれた窓から吹き込む風にさらさらと靡く長い黒髪、白い顔は夕陽を受けて赤く染まり、唇はつやつやとしてさらに鮮やかな紅。また、目を奪われる。
そんな彼女の横顔を眺めていると、彼女の瞳にみるみるうちに涙が溜まり、一滴頬を伝い落ちた。
「水越さん…?」
「クラスの人と、別れる時は悲しくなんて全然なかったのに、先生の顔見たらやっぱり泣いちゃったなぁ…」
ぽろぽろと涙を零しながら、苦笑交じりに英里は圭輔の顔を見つめる。
「これから、今までみたいに…毎日先生の顔見られなくなるのは淋しいです…」
圭輔はそんな彼女を慰めるように優しく涙を拭う。
「俺も、一緒。水越さんがいないと…すごく淋しい」
「先生…」
涙で潤んだ瞳で自分を見上げる英里を見て、圭輔はゆっくりと彼女に口付ける。
彼女も、自然に目を瞑ってそれを受け入れた。
静かで、穏やかなキス。唇を通して温もりが伝わる。
英里が目を開くと、彼の端整な顔が間近にある。
優しい瞳に見つめられて、英里の涙は止まるどころか、ますます溢れてくるばかりだ。
「こんなに、学校に来る事が楽しくなったのは、全部先生のお陰です…。先生は、絶対良い先生ですから…これからも、頑張って下さいね…」
英里にとって学校はただ勉強をしに行くところであって、自分にとって嫌なところ、義務感で行かなければならない場所という認識しかなかった。
本当に、卒業する事がこんなに淋しく感じるなんて、彼と出会うまでの自分からは想像もつかなかった。
これから全く会えなくなってしまうというわけでもないのに、何故か切なさが止まらない。
やはり、この場所は2人にとってかけがえのない、大切な場所だからだろう。
「ありがと。水越さんにそう言われると俺も自信つくよ」
艶やかな黒髪を指で梳きながら、圭輔は英里を励ますように言葉を掛ける。
それから、互いの瞳を静かに見つめ続けていると、徐に英里は立ち上がる。
「…そろそろ帰ります。ますます離れがたくなっちゃうから」
少しだけ吹っ切れたような、爽やかな笑顔を向けて英里は本を閉じた。
居心地の良かった場所を離れて、また新しい世界へと一歩踏み出さなければならない。
でも、先生はこれからもきっと自分を支え続けてくれる。
そして自分自身も、もっと彼を支えられるような自立した大人にならなければ。
「…送ろうか?」
「今日は、1人で帰ります。まだ、明るいから大丈夫です」
英里は軽くお辞儀をして、図書館を後にする。
独りそこに残された彼は、そんな彼女を温かい眼差しで見つめていた。
夕陽を背に受けて、遠ざかっていく英里の後姿を見守るように。

校門を出て、駅までの坂道を下る途中、英里は少し立ち止まる。
大嫌いだったこの時間が、今はとても大切で愛おしく感じる。
過去の辛い傷痕が、彼との思い出に塗り替えられていく。
彼女は、一度だけ振り返って、仰ぎ見る。
―――2人を繋いだあの夕焼けの窓辺を。



<第4話・完>



ここまで長々と読んで下さり、本当にありがとうございました。
一応第4話迄で一旦完結のつもりなのですが、これ以降は卒業後の二人の話になります。
内容がタイトルとはあまり関係なくなってますので、第2部みたいな感じで引き続き読んでいただけると嬉しいです。


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