画家≒幸せ-1
ピンクのレースがたっぷりついたパジャマを広げてみせる。カーテンを開けた窓からの日差しが、スポットライトを浴びているかのようにパジャマを彩る。
「すごく可愛い!」
ミユキの声が弾む。
「気に入った?」
「うん!それを着て中庭でお散歩したいよ。良いでしょ?」
白いベッドの上からミユキが腕を伸ばすのでパジャマを渡してやる。
「そうだな…。」
天気も良いし、ミユキの顔色も良い。
その時、ドアが開いて若い看護士が入って来た。
「ミユキちゃん、お薬飲んだ?ああ!西さん、いらっしゃってたんですか。」
僕は軽くお辞儀をした。「今日は休暇が取れたんです。あ、薬はもう飲ませました。」
「今日はお昼ご飯も残さなかったんだよ!」
ミユキが嬉しそうに看護士に笑いかける。
「そうかぁ、偉いな。今日はお兄さんが来てくれてるし、お天気も良いからちょっと外にでも出てみる?」「本当!?今お願いしようと思ってたんだよ!」
僕は看護士に会釈し、ミユキの膝に掛ける毛布と、車椅子の準備をした。
やはり今日はとても良い天気だ。ここは都市部から外れているため、静かで空気も汚れていない。病院自体は大きくないのに、中庭は驚く程広く造られている。季節毎に花をつける木々や、その木にやってくる野鳥、木陰に置かれた椅子やテーブルを見ていると、旅行にでも来た気分になる。
ミユキはさっそく着てみたピンクのパジャマのレースを満足そうに指で撫でながら、車椅子を押す僕を見上げた。
「ねぇ、お話して欲しい。」「また?」
僕は面倒臭そうに頭を掻いた。けれどもミユキは急にご機嫌になってねだってきた。なぜなら、これはただの儀式だからだ。ミユキは、僕が本当に嫌がっていない事を知っているし、僕もミユキが僕の気持ちをわかっていると知っていてこうしてもったいぶるのだ。これは幾度となく繰り返されて来た、僕とミユキの楽しみ方だ。
そして僕達はいつもの定位置、大きな広葉樹の下に陣取った。ミユキの車椅子のロックをかけ、僕は芝生に座って足を投げ出した。
「今日はどんなお話?」
「…そうだな。」
周りを見回すと、長い髪の女性が、若い男性を支えながらゆっくりと歩く姿が見えた。
「芸術家の話。」
「芸術家?」
ミユキはぱっと目を大きく開けた。
「ミユキはどんな芸術家を知ってる?」
ミユキは少し考えて、絵描きさんと答えた。
「そうだね。正に今日は絵描きさん、画家の話なんだよ。」
日光は広葉樹に遮られて、程よい暖かみを僕達に与えている。
「彼はね、画家なんだ。腕の良い画家で、素晴らしい作品をいくつも造り上げていた。でも彼には運が無かった。多くの芸術家がそうだったように、中々作品が認められなかったんだ。だから生活はとても貧しくて、広いけれどもぼろぼろの家で暮らしていた。ん?ああ、広いのは作品を作るスペースが必要だからね。その為にはぼろぼろでも仕方なかったのさ。彼は小さな仕事をいくつか請け負う事で毎日をしのいでいた。でも彼はちっとも不幸じゃなかった。なぜなら彼には大切な恋人がいたからだよ。彼女は美しく、彼と彼の絵をとても愛していた。彼は風景画が得意だったので、二人でいろんな所に行って絵を描いたんだ。山や川、季節で変わる自然をキャンバスに詰め込んだ。それらはどれも素晴らしかったけど、やはり高い評価を受ける機会はやって来なかった。
ある寒い日だった。…彼女が死んだ。突然の不運な事故だったんだ。どうしようもなかった。彼は彼女を失った悲しみに暮れて、毎日涙が枯れるまでただ泣き続けていた。壁一面に並んだ風景画は彼女との思い出が詰まったものばかりで、その真ん中に置いてある背もたれのない小さな木製の丸椅子に座って一日中過ごしていた。