遠回りの幸せ-1
『してもイイよ。っていうか、して欲しいくらいだよ・・・・』
箸を持つ手が止まった。今まで、憧れでしか見てなかったヤツから言われた。
俺〈明人〉が、ずっとずっと気になっていた彼女〈愛美〉は、何の躊躇もなく言った。俺を見つめる眼差しには、ウソは無い。いや、ウソは無いと思いたい。
《でも・・・・俺の何がイイんだ?俺よりイイ男、腐るほどいるぜ。》
そんな事を思う俺。自分に自信が無い。今まで、自分から迫る時は鳥肌が立つ様なセリフ、心にも無いウソを吐きまくって女を喰い散らかしてきた。OL、人妻、果ては職場のバイトまで。ヒドい時には三股四股当たり前。若い頃は、刺されてもおかしくない無茶をしまくった。でも、今の俺は童貞の中坊なみにビビってる。相手から迫られた時の弱さは相変わらずだ。
『イヤ・・・・?』
彼女の声で我に返る。頭の中で暴れまくってた言葉は、一瞬で消えた。
『イ、イヤなワケなんかないよ。って言うか、愛美は外見的にもイケてるしさぁ・・・・』
俺の言葉を遮る様に小さな声が。
『アンタもそんな風に見てたんだ・・・・』
《ヤバっ、取り繕わなきゃ!》
『も、もちろんそれだけじゃないよ。今まで色んなぶっちゃけ話だってしてきたじゃん。愛美は外見だけじゃないって知ってるよ!』
彼女とはもう、2年の付き合いがある。いつもグループの中心的存在で、誰にでも優しく、思いやりある態度で接する彼女を見ていれば、綺麗なのは外見だけじゃないってのが簡単に理解出来る。
俺の返答を聞いて、彼女の顔が変わった。嬉しいってよりも、安堵の表情。
『じゃ、行こうよ。今すぐに!』
《おいおいっ、随分だなぁ・・・・》
彼女の気迫に圧倒されたのか、言いなりになってレジへ。
『会計、イイよね?』
その笑顔で財布を開かせるテクはさすがだが・・・・
『上カルビ、お前一人で食ったろ。ワリカンに決まってるって。』
『え〜っ、優しくないなぁ・・・・』
と、言いながらも嬉しそうに財布を開く。
日付が変わったからなのか、辺りからは店の明かりがない。だが、5分ほど歩けばラブホ街に入る土地柄。
『明人とエッチするんだよねっ!』
不意に腕を組まれた。彼女の胸が当たる。左腕に全神経が集約された。
『どしたの?』
不思議そうな表情で俺を覗き込む。
『あ、いや。あそこでイイかな?』
『どこでもイイよ。一緒なら・・・・』
次から次へと、驚きの発言が連発される。今まで付き合った女からも聞かされた言葉。だが、彼女の口から発せられると、何とも言えない感激がある。
部屋はごく普通。ベッドにソファ、冷蔵庫に広いバスルームが当たり前に存在していた。
『・・・・ねぇ。』
いきなり目の前に彼女の顔が迫った。無理矢理に、強引に、乱暴に唇を奪われた。生暖かく、柔らかい舌がねじ込まれる。彼女のそれは、まるで別の生物の様に俺の口腔を犯した。
…くちゅ、ぬちゅ、にちゅ・・・・
『ん・・・・・・・・』
雰囲気とは違う、たどたどしい舌使い。逆に生々しさがあって、一気に血液が下半身に集まりだした。
『当たってる・・・・』
言葉と同時に彼女の右手が股間に触れる。だが、そこから先がない。じらしてるのか、挑発してるのか。
『シ、シャワー浴びなくて・・・・』
『いらないっ!』
俺の声をかき消す様に彼女が言う。
《ん・・・・?もしかして、震えてるのか・・・・?》
『なぁ、どうしたんだ、愛。何かあったのか?』
『何でもないよ。気にしないでエッチしよっ。』
明らかに声が精一杯だ。いつの間にか、彼女の右手は止まっていた。顔を挙げない彼女。いつもと違っている。一体、何が?
『なぁ、愛美。何があったか言ってみろよっ!』
…ビクッ!
俺の強い口調で体が強ばる。重々しく顔を挙げる彼女。目にたまった涙は今にも溢れそうだった。
『何でそんな言い方するの・・・・?アンタだって、ただ私としたいだけでしょっ!男ってみんなそうじゃん!!頭の中はヤル事ばっかりで・・・・アンタ、ちゃんと私を見てたのっ!?』
ワケが分からない。いきなりの逆ギレ。今までの彼女には無かった。堪え切れず溢れた涙が雫になって床に落ちる。
『・・・・ヤメたヤメた。泣いてる女としても後味悪くなるだけだ。』
冷めた口調で背中を向ける。でも、気持ちは冷めたワケじゃない。今は抱いちゃいけない。そんな気がした。
『そっか・・・・』
消え入りそうな声の答えが返ってきた。が、すぐに、
『何かごめんネ。今晩の事は忘れて・・・・』
その言葉とともに、扉が閉まる音がした。部屋には振り向けず、立ち尽くした男を残して・・・・