遠回りの幸せ-3
『なぁ、今から会わないか?はっきり言って、さっきの店じゃ呑んだ気しなかったから。どこにいるんだ?おごってやるから。』
小さな笑い声が聞こえた。
『・・・・うん、イイよ。そばの緑化公園の時計塔のとこで待ってるから。』
そう言って、愛美は電話を切った。俺は上着を羽織って、目的地まで急いだ。
緑化公園は、俺が住んでるマンションから歩いて5分ほどのとこにある公園だ。【子供たちの為に緑を残そう】みたいな運動から出来たら公園で、誰が測ったのかは分からないが、東京ドーム10個分くらいのスペースがあるらしい。
俺は公園の中心にある時計塔まで走った。近づくにつれ、彼女が大きく見えてきた。俺は息を切らしながら、彼女の前に立った。
『や、やぁ・・・・待った・・・・?』
息を切らし、前かがみになって言った。彼女からは言葉がない。呼吸が落ち着き、顔を挙げた。瞬間、彼女が抱きついてきた。そして号泣。ただただ大声で泣いていた。
夜とはいえ、まだ表には人通りがある。カップルや帰宅途中のサラリーマンの視線が刺さる。
『お、おい・・・・落ち着きなよ。そんなに泣いてちゃ化粧が落ちるぜ。』
皮肉混じりの言葉に顔を挙げた彼女。
『やっぱ、明人だね。こんな時まで・・・・』
目を真っ赤にしながらはにかんだ顔がとても愛おしかった。しかし、俺の方は予想外にヤバい状態に。最近、シテないモンだから、血液一極集中状態に。
『あの〜、何か当たってるんですけど・・・・』
いたずらっ子ぽく、ニヤけながら俺を見つめる。
《バレバレか・・・・まるで童貞だな。》
『あ、あのさぁ、俺んち来ない?』
明らかに焦ってる。バクバク言ってる心臓。オマケに変な汗まで出てる。でも今の俺には、全ての知識を総動員しても出る言葉はこれだけ。
『ん、イイよ。今日は逃げないから。もう、後悔したくないし。それに、明人も・・・・』
よく分かってらっしゃる。もう、我慢の限界。ヤバい、なんて月並みな言葉では収拾つかない。
『どしたの?だいじょぶ・・・・?』
『い、いや・・・・あんま大丈夫じゃないかも。』
苦笑いしてる彼女。無事に部屋に招き入れる。他人が入るのは久々だ。自分で言うのも何だが、比較的整理しているつもりだ。窓辺には、風水を見て飾った黄色い花瓶がある。部屋に入るなり彼女が一言。
『シャワー借りてもイイかなぁ?』
断る理由などない。無言でコクコク頷いた。彼女がバスルームに入る。その間、俺はベッドを直したりティッシュを枕元に置いたりと、小細工をしていた。
『あの〜、シャワー終わったんだけど着替えの代わり無いかなぁ?』
不意に声をかけられて焦る俺。彼女はバスタオル一枚で俺の後ろにいた。俺の趣味でサイズ的に大きめなバスタオルなので、上から下まで完璧に隠れていた。人生の中で、五本の指に入るほど、後悔する俺。
『あ・・・・あのさぁ、ワイシャツでイイかなぁ?定番ぽいっけど・・・・クリーニングしたのがそこにあるから。』
『ありがとぉ。』
鼻歌混じりで袋を開ける彼女。後ろ姿に目が釘づけになった。明らかにオヤジになっていた。気持ちを切り替えなきゃ、と考える。
『俺もシャワー浴びてくるよ。あと、冷蔵庫にビール入ってるから。』
『ん、分かった。』
バスタオルを持ち、そそくさとシャワーに向かう。いつもは無意識に入る脱衣所。だが今日は、愛美が使った後だ。
《ここでアイツは裸になったんだな・・・・》
高校受験や初体験、会社に辞表を提出した時でも、ここまではガチガチにはならなかった。だが、今の俺は明らかに緊張している。落ち着かなきゃいけない。そう思っていても、鼓動は早くなっていく。脱衣カゴには、愛美の脱いだ下着が。上下とも淡いピンクで、清楚なイメージがある。無意識に手を伸ばす。
《さっきまで、これを付けてたんだな・・・・これが愛美の・・・・ダメだっっ!!これじゃ変態じゃないかっ!!》
少し自分自身を情けなく思いながら服を脱ぐ。これからの事を考えてなのか、痛いくらいに張り詰め、上を向いている。ちょっとやそっとじゃ、元に戻りそうにない。
《少し気を鎮めなきゃ・・・・》
バスルームに入り、頭からシャワーを浴びる。夏場から秋口にかけて、熱めの温度設定にしているから、少し肌を刺す様な感覚がする。今日に限って熱く感じるのは、これからの事を想定しているからだろうか・・・・
落ち着かない気持ちでシャワーを終わらせ、パンツとTシャツを着て部屋に戻る。そこには目を疑う様な光景が。
『見つけたから呑んじゃってたよ。これ、すごく美味しいじゃん。』
ロックフォールチーズをツマミに、俺が楽しみに取っておいたワイン(クロ・デ・リタニ。スパイシーな口当たりとフルーティーな風味を持つフランス、ボルドー産のどっしりとしたボディの赤ワイン。2003年物でも、8000円以上する高級品。特にステーキ、癖の強いチーズとの相性が良い。)を開けていた。愕然とする俺。情けない声で、彼女に言った。