南風之宮にて 1-11
ツミは人間態でも普通の人間よりはるかに体重が軽く、もともと柔軟にできている。
また奥の院の外庭は幸い石畳ではなく、やわらかな砂利が敷き詰めてあったため、落下の衝撃もさほどではなかった。
ハヅルはアハトを下敷きにしたまま、
「いたたた…」
と頭を振った。
「アハト、大丈夫……」
大丈夫か、と彼女はアハトに確認しようとした。
痛そうに顔をしかめてはいるが、意識ははっきりしているようだ。
だが最後まで口にする前に、どかどかと足音を立てて石階段を駆け上がってくる宮の司と、その背後についてくる王女の姿が目に入り、ハヅルはあわててアハトの上から退いて立ち上がった。
目を三角に吊りあげた、それは恐ろしい形相で、宮の司はハヅルに詰め寄った。
「鳥居に上るのも畏れ多いものを、男を連れ込んで、何という……っ」
「何もおかしなことはしていません」
宮の司の誤解を招く表現に、ハヅルは反発した。
堂々たる彼女の発言に王女が目を丸くし、アハトが彼なりにばつの悪い顔をしていることには気付かなかった。
ツミにとってはあくまで、鳥態のときに行う羽づくろいの代替行為であり、家族や親しい友人などとかわす気軽な親愛のしぐさでしかない。
ハヅルは、このツミ特有の交歓が、一族以外の人間の目にはどのように見えるかまったく考えたことがなかった。
宮の司を意図的に無視して彼女はアハトの脇に膝をついた。身を起こすアハトの背に手を添えてやる。
そこでようやく、宮の司はアハトの姿を見た。
「そなた、誰かと思えば、王子殿下の鳥か?」
「アハト、あなたがどうしてここに?」
面倒なことになったと、アハトはため息をついて立ち上がった。
アハトの口から王子の訪問を聞いた宮の司は、地位にふさわしくない慌てふためき様を見せた。
慌てたまま階段を駆け下りてくれればよかったのだが、そうはいかなかった。
彼女は今度は鳥居に手をついたハヅルを見とがめ、説教を始めたのだ。
ハヅルも黙っていればよいものを、言い返してしまったので収拾がつかなくなった。
言い合っている二人を眺めながら、王女は隣のアハトに聞こえるように言った。
「ツミも、木から落ちるのですね」
「……」
木ではなくて鳥居だったがアハトは何も言い返さなかった。……返す言葉もなかった。
「あの、姫。いつから見ておいでに……」
目を伏せて、小声で訊ねるアハトに、王女はあきれたように目を見開いた。
「あなたまで、本当に気付いていなかったの? ずいぶん夢中になっていたのね」
王女は声をひそめた。
「あの子は、あんなことが平気なのに、あなたとの婚約をいやがっているの?」
「いえ、あれは……ツミの者ならば、親しい間なら誰でもすることで」
「では、あの子は他のツミにもあんなふうにさせているのですか? あなたはそれを許しているの?」
畳みかけられて、アハトは表情は変えないまま、わずかに目を泳がせた。
「……いいえ」
王女はふっと笑った。
「あなたも苦労しますこと」
「……恐れ入ります」
※※※
王子とエイが南風之宮に到着したのは、翌日の午後のことだった。