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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 1-10


「気持ちいいか?」

「うん」

 ハヅルは素直に頷くと、目を閉じたまま、アハトの手が引きこむのに合わせてその肩に頭を預けた。
 肩から抱え込むように回された指が耳朶をくすぐる。ぞくりと背筋に寒気が走って、ハヅルは身をよじった。

「んっ……耳はいやだ」

 甘えたつぶやきに、アハトはすぐに耳元から手を離して、首筋を撫で始めた。
 温かい手の心地よさに、ハヅルはため息を洩らしてアハトにもたれかかった。

 かすかに吐息が髪を揺らしたのがわかった。アハトがかき上げた髪の合間に顔を近づけ、唇をつけたのだ。
 アハトは時たま、こうして手指でなく唇で髪に触れ、うなじやこめかみ、耳元を舐めようとしてくる。

 もともと、鳥態であれば全てがくちばしで行われることなので、人間態でも思わず口が出てしまうのはごく自然な流れなのだが、ハヅルはあまり好きではない。
 くちばしで羽毛をかきわけるのとは違って、人の唇や舌は温かく湿っていて、その感触は決して不快ではないのだが、奇妙に胸を騒がせた。

 そのたびにやめろと言って拒むのだが、アハトはいつもそのときだけ謝って次の回には忘れてしまう。
 幼児のころからその繰り返しだ。
 物覚えは人一倍良いくせに、とハヅルは首をかしげた。

 今回もいやがってみせてもよかったが、たまにはいいか、とハヅルは気まぐれに彼の好きにさせることにした。
 耳周りだけはどうにもむずがゆくてだめだが、他は我慢できないほど不快ではない。
 むしろ、拒みたくなるのは心地良さのせいと言ってもよかった。そのままゆだねていたら本当にとろけて寝入ってしまいそうな、あまい感覚が押し寄せてくる。
 小さな子供でもあるまいし、いかに幼なじみの前でもさすがにそれは恥ずかしい。

 何かを抑えたような、熱い吐息が皮膚をくすぐっていった。
 ひとしきり髪をかきわけ、生え際やこめかみに幾度となく唇をつけてから、アハトは唐突に彼女の頭を抱く手を放した。

「……もういいだろ」

 前触れもなく突き放されて、ハヅルは知らず唇をとがらせ物足りない顔をした。
 アハトは目をそらして彼女の表情を見ないようにしている。
 それ以上ねだるのも子供っぽいと思って、ハヅルはあきらめることにした。
 髪を整えながら、今度は彼に手を伸ばす。

「お前にもしてやろうか」

「……俺はいい」

「遠慮しなくていいのに。別に髪をむしったりしないぞ。ちゃんとしてやる」

「結構だ」

 そっけなく拒否される。
 十二歳を過ぎた頃から、鳥と人どちらの形態でもアハトはハヅルに羽づくろいされることを嫌がるようになっていた。
 自分がする分には抵抗はないようで、先ほどにしても嫌々している風ではなかった。
 むしろ機嫌はきわめて良さそうだったのだ。
 表情にまったく出なくとも、ハヅルにはわかっていた。

 するのが嫌でないなら、されるのもそう不快なはずはない。

 どうせ痩せ我慢をしているのだ、と結論づけると、ハヅルは不意打ちで彼の髪をつかもうと身を乗り出した。
 アハトは大げさに、びくりと身を退いた。

「うわっ、やめ、」

「鳥娘! これ、宮の内で何をしておるか!」

 やめろと彼が言い切る前に、下方から激しい怒号が飛んできた。

 ハヅルは大いに驚いた。ツミの娘ともあろうものが、動揺して足を滑らせるほどにだ。

 がくんと身体が宙に浮いた。

「わっ」

「ハヅル!」

 引き止めようとしたアハトの手は間に合わなかった。彼は迷わず自ら空中に飛び出した。
 体勢を整える間もありはしない。彼はかろうじて抱きとった彼女の頭を胸に庇うと、地面に自らの背を向けた。

 そのまま二人は落下した。


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