『望郷ー魂の帰る場所ー第二章……』-1
翌日、学校内は御山彰人が襲われたと言う噂で騒然としていた。
とうとう入院クラスの犠牲者が出たのだから、それも当然と言えた。警察関係、学校関係ともに箝口令が敷かれていたのか、矢面に立って事件について宏行に聞いて来る者は誰もいなかった。
(本当に犯人に心あたりは無いのかね?)
昨夜と言うか今朝、警察に何度も聞かれ、学校でも生徒指導室で教頭、学年主任、担任に同じ事を聞かれた。
それでも宏行は口を閉ざし続けた。曖昧な発言が、悪戯に騒ぎを大きくする事を知っていたし、なにより宏行自身が半信半疑なのだから、よくわかりませんとしか答えようがなかった。
体面を気にするのは、どの学校でも同じなのだろう、去り際に担任は釘を刺す様に口止めをしてくる。
(わかってるとは思うが……)
胸糞が悪くなる。テメエら大人は、いつだってそうだよな。クサイモノには蓋をしろってか?事無かれ主義って奴か?そんなやり切れない気分に口を閉ざしたまま、宏行は教室に戻り席に座った。
「犯人……か。わかる訳ねぇよ、んなモン」
小さな声で宏行は呟く。
「何がわからないの?」
突然話し掛けられて、宏行は驚いて振り返った。
「真冬……何でもねぇよ、独り言さ。」
ぶっきらぼうに返事をすると、宏行は大きく溜息をついた。
「なんかイライラしてるみたい……どうしたの?」
イライラ……確かに苛立たしい気分だった。それと、何とも言えないやる瀬なさ……。いろいろな事がないまぜになって、重く重く宏行の心を沈ませている。大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと真冬の方を見つめて宏行は笑った。
「ゴメン、真冬が悪い訳じゃないのにな。」
「ううん、気にしないで。それより宏行、話しがあるんだけど……」
そう言って真冬は視線を廊下に向ける。宏行は小さく頷くと椅子から立ち上がった。
「で?話しって?」
廊下の壁に寄り掛かり、宏行は口を開く。真冬は二、三度辺りを見回し、人気の無い事を確認すると小声で話し始めた。
「あ、あのさ……御山君のお見舞いに行きたいんだけど……無理かな?」
「なんで俺に聞くんだ?」
動揺する気持ちを悟られない様に宏行は事更、不機嫌そうな声で答える。
「なんでって……宏行、御山君と仲がいいから入院してるトコ知ってるかな?って思ったんだけど……ゴメン、何でもないの。」
慌てて教室に戻ろうとする真冬の腕を、宏行はとっさに掴んだ。
「ホントにゴメン。俺、今おかしいんだ。詳しい話は放課後話すから今は放っておいてくれ、頼むよ。」
それだけ言うと、宏行は教室に戻り、それっきり黙ってしまった。そのただならぬ雰囲気に、真冬もそれ以上何も聞けず、重苦しい沈黙だけが続いていた。
放課後になり、帰り支度をしている真冬の肩を軽く叩き、校門で待ってるとだけ告げて宏行は教室を出て行く。急いで教科書やノートを鞄に詰め込むと真冬は宏行の後を追った。
「じゃあ、行こうか。」
校門にいた宏行は真冬が来ると一言だけ口を開き、黙って歩き出す。黙々と宏行は足早に歩を進める……
一刻も早く学校から離れたい、そんな気持ちが知らず知らずの内に歩みを早めていた。
「待ってよ宏行!そんなに急がないで……」
後ろからの真冬の声で我に返った様に、宏行の足取りはいつもの速度になる。ようやく追い付いた真冬は、息を切らせながら隣に並んだ。
「ねぇ、一体何があったの?」
真冬が問い掛けても宏行は前を見つめたまま口をつぐんでいる。少し経って、不意に宏行は足を止めた。
「真冬……何か聞いてるのか?」
「何かって、何が?」
そこで初めて、宏行は真冬の方に顔を向ける。じっと真冬を見つめると一つ溜息をついた。
「お前が嘘ついてるとは思えないしな……ゴメン」
「んもー!!だから何の話なのよ?!」
さっぱり要領を得ない宏行に、焦れた様に真冬は叫んだ。そのまま真冬を見つめていた宏行はやがて重々しく口を開く。
「誰にも言わないでくれ。彰人の事件……第一発見者って俺なんだよ。」
「!!…う…そ……」
真冬は思わず絶句してしまう。しかし、朝遅れて来た宏行に何も言わなかった担任や、とてもまともじゃなかった態度もそれが理由なのだとすれば符合がいく。呆然としている真冬をよそに宏行の話は続いた。
「彰人から電話があったんだ……苦しそうな声で、途切れ途切れに助けてくれって……」
真冬に話しながら、昨夜の光景が思い浮かんでしまうのか、宏行の顔は暗く沈んでいる。それでも、事件のあらましをかい摘まんで説明した。警察での事、学校での事……
「命に別状はないらしいんだけど正直迷ってるんだ。今日、見舞いに行っていいのかどうか……」
説明を終えた宏行は最後に自分の胸の内を語り、再び口を閉ざした。真冬自身、朝から態度のおかしい宏行が心配だった。その事は紛れも無い事実である。
しかし、その理由については興味本位なところが無かったとは言えない。聞き終えた今、なんとも言えない後味の悪さが真冬を包んでいた。語りたくなかったが為の宏行の不自然な態度……
それは悪戯に好奇心で事件について聞かれたくなかったからなんだと真冬は理解した。