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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー第二章……』-6

「口で言えば簡単な事だが無理だろう?わかっているさ、それくらい……。あくまで方法のひとつとして上げただけだ。すると残る方法は……」

田神の眉間にスッと皺が寄り、煙草を咥えたまましばらくの間無言になる。

「一体、何を……」

その言葉に眼鏡の奥の瞳が宏行を見つめた。重苦しい沈黙が室内に漂う。やがて、大きく深呼吸をすると田神は口を開いた。

「御山君に逆行催眠を行ってみようと思う……」
「なっ!!!」
「それしか……方法は無い。」

そう言い終えた田神の表情は苦渋に満ちていた。


田神圭吾(けいご)

職業、精神科医師。
精神科という職種ではあっても医師である。そして、医師とは命に携わる者。

命とは心……それこそが田神がこの業種、職種を選んだ理由。

原因不明の現象に見舞われ、場合によっては生命の危険に晒されるかもしれない宏行を救う手段は原因を知り、その対処を見極める事に他ならない。

がしかし、原因を解明する為の情報は殆ど……或いは全くと言っていい程に無い。ならば、残されているのは自衛……つまり、身を守るという事。

そう、友達を襲った犯人から……

けれど、犯人が特定出来ない今、残されている方法は目撃者から犯人を特定するしか無い。

目撃者……すなわち、御山彰人から犯人を聞き出すという事。しかし、事件後の現在も鎮静剤の投与を余儀なくされる程、彼が負った精神の傷は深い。

その状態の彼に逆行催眠を行う……つまり、事件の時の状況をもう一度思い出させるというのは、本来の自分の立場から考えればとても容認出来る事ではない。しかし……

田神は今、選択を迫られていた。

救うべきは身体(宏行)か心(彰人)か……

「そんな事をして、彰人は……彰人は大丈夫なんですか?」

動揺している宏行の声。医学的知識の無い彼でさえ田神の台詞の意味を簡単に理解している。それほどに田神が行おうとしている事の危険性は誰の目にも明らかだった。

「では、他に方法があるとでも?」

抑揚の無い田神の声……
いみじくも、それは決断をした事に外ならない。

救うべきは身体なのだと。

或いは、これから起こりうるべき事件を未然に防ぎたい……そんな思惑があったと言えなくもない。しかし、なにより田神が求めていたのは真実。

誰が……

どのようにして……

何の為に……


人を犠牲にしてまで……
世間がそう非難したとしても、田神なりの正当性がそこにはある。所詮、医学の進歩には犠牲がつきものなのだと……
知る為には犠牲が伴うのだと……

「まさかとは思うが、君は今のままでいいなんて言わないだろうね?」

そう尋ねる田神に対する宏行の答え、それは無言だった。

「呆れたな。君は状況の認識が足りないんじゃないか?二通りの理由で命が危険に晒されているかもしれないんだぞ?」
「二通り?」

絶望感を表す様に田神は肩を竦めて手の平を天井に向ける。それはお手上げとでも言いたげな仕種だった。

「わからないのか?一つは、君の友達を襲った犯人が君を狙っているかもしれないという事。そして、もう一つは君の痣がそのままでいるとは限らないという事。もし、首から出血していたら……或いは傷が深部にまで及んでしまったのだとしたら、それが元で命を落とす事にも成り兼ねないんだぞ。」
「た、ただの痣ですよ。そんな大袈裟な……」
「何故、そう言い切れる?ただの痣が現れたり消えたりするものなのか?そして今後それが酷くならないと何故断言出来るんだ?」

畳み掛ける田神の言葉が宏行の安易な意見を打ち砕く。現職の医師の問い掛けに宏行は押し黙るしかなかった。身を乗り出し、宏行を叱責していた田神は椅子に座り直すと大きな溜息を吐く。

「冷静になろう、君も僕も……。いいかい?原因不明の痣や、友達を襲った犯人が君を狙っているかもしれない現状をそのままにしておいて、君は構わないと言うのか?あんな状態でありながらも君を危惧している友達がいるというのに……」
「………」
「こんな言い方をしたくはないが、僕は彼の犠牲を無駄にするべきではないと思っている。」

自分の受け持ちの患者の安否を思っての台詞、確かにそれもあるが今の田神を占めているのは好奇心である。だがそれでもリスクは最小限に抑えたい。今後の情報収集に於いて宏行の存在は不可欠だと田神は解釈している。だからこそ、彼の賛同が必要なのである。無論、極秘裏に事を運ぶことだって出来ない訳ではない。だがもしも不測の事態が起きたら……そう、今は宏行と敵対する訳にはいかないのだ。

「だが、最大限君の意見は尊重せねばなるまい。何故なら彼の親友なんだからな君は……」

老獪とも思える田神の心理戦。精神科として心理学を学んだ者特有の言い回しに宏行は為す術はなかった。

「わかっているとは思うが、警察は事件が起きてからでないと動かない。彼の安全は此処にいる限り保障される……だが君は?君の安全は誰が保障出来るんだ?」

それは駄目押しの一言だった。主導権を宏行に委ねる様な口ぶりではあっても、その実は巧みな誘導である。

「わかりました…彰人がそう考えているなら……」

小さな声で呟き、宏行は俯いた。

「よく決心してくれたね。君の心中を察するよ、辛い決断をさせて済まなかった。」

宏行を労る田神の台詞。もし、今すぐにでも顔を上げたなら宏行は気付けていただろう。田神の唇の端が僅かに持ち上がっていた事に……

口許が微かな笑みを浮かべていた事に……


第三章に続く


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