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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー第二章……』-2

「ごめんなさい宏行……。今日、やめようか?」

自分が悪いときはすぐに謝る。そんな真冬の素直さが宏行の惚れた理由の一つでもある。事件について真冬が興味津々なんだろうとは宏行も思っていた。しかし、事の重大さに軽く聞いてしまったことを後悔している……真冬の分かり易い表情がそう物語っていた。

「事件性のある事だし警察も動いてる。でも、俺もこの目で無事だと分かるまで納得できないんだ。会えるかどうか分からないけど、とりあえず病院まで行ってみよう。」

気持ちの整理がついたのか、宏行は再び歩き出す。彰人が入院している病院に向かって……


「君は?」

受付で病室を聞いた宏行が部屋まで来ると、入口にいたスーツ姿の男が訝しそうに尋ねて来る。その鋭い目付きに宏行は瞬時に男が警察関係の人間である事に気付いた。

「俺、彰人の……あ、御山君のクラスメイトの倉持っていいます。で、こっちは神崎さんです。」

宏行が紹介すると、真冬はペコリと頭を下げた。

「そうか、君が倉持君か……彼の見舞いに来たのかね?」

刑事らしき男の問いに宏行は小さく頷く。男は腕組みをして、何やら思案する様な仕種の後

「そうか……君ならあるいは……。いや、ここで待っていなさい、先生に聞いてこよう。」

そう言ってナースステーションの方へ歩いて行った。そのまま待つ事数分、白衣姿の男を連れて刑事は戻ってきた。

「どうでしょうか?先生。このままでは我々としてもらちがあかないんですよ。何とかお願いできませんかね?」
「無茶を言わないで下さい!この状況を分かってるんですか?少なくとも彼は今、絶対安静なんですよ?それを……」
「絶対安静!?命に別状はないって言ってたじゃないですか!」

聞き慣れない単語に宏行は思わず叫んでしまう。白衣の男は詰め寄る刑事を制し宏行達の方へ顔を向けた。刑事が素性を明かすと、やれやれといった感じで溜息をつく。

「確かに命に別状はない。だが、絶対安静なんだ。ここでは何だから私の部屋に来たまえ。」

医師は三人を促し、歩き出した。そして診察室の様な部屋に入り、人払いをすると席を勧めた。おもむろに内ポケットから煙草を取出し火を付ける。

「院内は殆ど禁煙なんでね、こんなところでしか吸えやしない。刑事さんも遠慮せずにどうぞ。」

そう言って指先を灰皿に引っ掛けると刑事と自分の間に置いた。

「説明して下さい!さっきの事はどういう意味なんですか?」

担当医ののんびりした態度に苛々した宏行は声を荒げて詰め寄った。

「まぁ落ち着きなさい、順を追って説明するから。まず、彼の身体については心配はいらない。傷は完治するし、後遺症も心配は無いだろう。しかし、問題はそれじゃないんだ……。むしろ、僕の方から聞きたい。一体、彼に何があったのかね?」

数秒の沈黙……そんな事を知っている者などいる筈がない。そう、本人を除いては……

自分で問い掛けておきながら、医師は大きく溜息をついた。

「知っている筈ない……か、当たり前だな。だから、刑事さんがここにいる訳だし……。ふむ、いいでしょう詳しく説明しましょう。彼の場合、問題なのは心の方なんだ。」

ゴクンッ、二人は一様に息を飲む。

「鎮静剤で今は小康状態を保ってはいるが、余程恐ろしい目にあったのだろう、精神錯乱を起こしている。落ち着くまでは尋問などとても無理だな。」

そう言って煙草を揉み消した。

「し、しかしですね先生!だからと言ってこのままでは……」

そこで刑事の言葉を遮る様に、携帯が鳴る。

「困りますな、刑事さん。院内では電源を切って頂かないと……」

刑事はすぐ戻ると言い残し、慌ただしく部屋を出て行った。医師は苦笑を浮かべて刑事を見送ると咳ばらいをして宏行達の方へ向き直る。

「さて……うるさい刑事もいなくなった事だし、君達に聞きたい。僕の専門は精神科だ。だから心理学にも多少の心得がある。いや、回りくどい言い方は止めよう……君達は何か知っているんじゃないのかね?彼をこんな風にしたモノについて……」

言葉とはうらはらに、眼鏡の奥から鋭い眼光が宏行を見つめる。まるで心の奥底を見透かす様なその視線に宏行は激しく動揺した。

「お、俺は……知りません。」
「本当かね?カルテを見たが彼はナニに襲われたんだね?あれは少なくとも人間の仕業とは思えない。」

学校内に流れていた噂、自分の身体に現れた奇妙な痣、言いようの無い恐怖感がジワジワと這い上がって来る。

「あたし達が知ってる訳無いじゃないですか!!」

突然、停滞していた雰囲気を払拭する様に真冬が口を挟んだ。

「大体、失礼じゃないですか!あたし達は友達のお見舞いに来ただけなのに、こんな尋問みたいなコトされて……あたし達が何したって言うんですか?」

まくし立てる様に真冬は文句を言う。その勢いに気圧されたのか、医師は目を丸くした。隣にいた宏行も、その迫力に圧倒されながらも次第に落ち着きを取り戻していく。

「ああ、済まなかったね、お嬢さん。職業柄こんな言い方になってしまって……。倉持君だっけ?君にも悪い事したね、勘弁してくれたまえ。」

元の柔和な顔付きに戻り、医師は頭を下げた。

「ただ、分かって欲しい。物事には須(すべか)らく原因があって結果がある。そして、起こった結果を修復するには原因を知る事が一番の早道なのだと言う事を……」

医師が言い終えたところでタイミングよくドアがノックされる。医師が返事をすると、さっきの刑事が入って来た。


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