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隣に。
【大人 恋愛小説】

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-1

 車を少し走らせたところにある、小さなスーパーに行ってみた。どうやら食料品を調達するにはここが一番近いようだ。義母が言っていた。
 レジを打つ年配の女性が、掛けた銀縁の眼鏡の上から私の顔をまじまじと見つめ、「見掛けない顔だねぇ」と言うので、地元では名の知れている、「青山建設」という名前を出すと、「あぁ、総司君のお嫁さんなのか」と首をゆっくり縦に振りながらバーコードを読み取って行く。
「うちの娘と一つ違いでね。総司さん、総司さんって慕ってたっけ」
 あぁそうですか、と私は作り笑いをした。慕っていたから何だというのだ、私は総司の嫁だ。
 支払いを終え「それじゃぁまた」と言い籠を持つと「総司君に遊びにいらっしゃいって言っておいて」と言われた。名前も名乗らず、何なのだ。誰なんだろうか。

 帰宅をすると、丁度洗濯が終わっていたので、買ってきた品物を冷蔵庫に仕舞い、それから洗濯物を干しに庭に出た。待ってましたとばかりに、隣の家の掃出し窓が開けられ、陽子という女がため息にも似た長い吐息を吐きながら庭に出てきた。
「今日も暑いわね」
「そうですね」
 私は一応会釈をして、それから洗濯物に目を戻した。昨日、物置を掃除した時に使った雑巾の汚れが、あまり落ちていなくて落胆する。
「妊娠してるから、身体を冷やすなって義母が言うからね。エアコンが使えないの」
 だから何なのだと思いながら私は黙々と洗濯物を干し続ける。彼女は私の相槌なんて意に介さぬ様子で、一人話を続ける。
「総司、若い頃からこの辺では知らない人がいない位、頭が良くて、イケメンで、優しくて。凄く有名人だったの。知ってた?」
「いや、知りません。彼は自分の事を自慢したりしませんから」
 特に他意はなかったのだが、言ってから少し棘がある言い方をしてしまった事に後悔をした。
「女の子はみんな、総司に夢中だった。最終的にそれを射止めたのが......あなたみたいな人だとはね」
 フフッと笑いながら体を反転し、「よっこらしょ」と言いながら縁台に乗り上げて部屋へ戻って行った。
 早く赤ん坊を産んで、暫く家から出ないでくれ。そう思った。


「今日スーパーに買い物に行ったら、レジのオバサンが、総司君に遊びに来いって言っておいて、だって。誰?」
 ダイニングテーブルに夕飯を並べながら言うと、総司は斜め上を見上げて「んー」と思案顔をした。
「あぁ、分かった。あそこのスーパーの経営者なんだよ。娘は野球部のマネージャーやっててさ。まぁ、遊びに来いって言われても、なぁ。子供じゃあるまいし」
 総司は私の顔を見て困ったような顔をし手で笑った。確かに、そんな事を言われても、だ。
「隣の陽子さんは、総司が大層モテたって話をしてたよ」
 総司の隣の椅子に座り、彼の肩を少し突いた。ハハッと照れ笑いをする総司も、素敵だ。
「もう俺も三十近いんだ。あの頃の俺はもういないよ。ご飯まだお代わりある?」
 細身なのによく食べる。しなやかな筋肉を作り上げているのは私の食事だと思うと誇らしい。
「俺がモテたなんて話を聞いたって、いい気分じゃないだろ」
 総司を射止めたのがあなた「みたいな人」だとはね、という陽子の言った言葉が頭を掠める。そっちの方が気分を害する。
「そんなにモテた人の奥さんが私だなんて、みんな笑うんじゃないかって思うよ」
 総司はご飯を持って来た私の頬を優しくつねり、引っ張った。
「今度そんな事を言ったら怒るからね。俺の自慢の奥さんなんだからね」
 その言葉に私は言いようのない安堵を覚えた。同級生の多いこの町で、大層モテた総司の存在がが行く先々で知れ渡っていて、行く先々で女に言い寄られてるんじゃないかなんて、そんな可笑しな妄想までしていた自分がバカらしくなった。
「今日は母ちゃんはまだ起きてるんだな」
 少し離れた茶の間から、テレビの音が漏れ聞こえている。しぶとく鳴き続けた蝉の鳴き声が、ぱたりと止み、冷たい風が小窓から流入してきた。田舎は、秋の足音が来るのが早い。そして秋が短い。


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