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数ミリでも近くに
【大人 恋愛小説】

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-2

 ライブが終わり、無事二人は離れずにいられた。
「葉子、凄い暴れっぷりだったなぁ。ループよりチェーンが切れるかと思った」
 葉子は首に巻いたタオルで汗を拭いながら息も切れ切れに言った。
「いつもこんなだよ。でも楽しい。やめらんない」
 晴人から見て葉子は、自由奔放、肩肘を張らない可愛いヤツ。
 晴人の彼女は常にクールで、ライブでは殆ど暴れず傍から観ている女だ。
 対極に位置する二人をどうしても比べてしまう。
 そして今は、彼女よりも葉子とこの場にいる事が、晴人にとって楽しいひと時だと感じてしまうのだった。
「葉子が俺の彼女だったら楽しいのにな――」
 あまり深く考えず口をついて出たこの言葉に、葉子はまたしても頬を赤らめた。コイツ、可愛いな。
「な、何言ってんの?頭沸いた?恥ずかしくない?」
 ライブ後の顔の火照りと見分けがつく位、葉子の頬が紅潮していたのが晴人には理解できた。


「この前さ、健ちゃんとお弁当買いに行った時に、坂道は後ろ向きに歩くと疲れないって話をしたんだけど、晴人知ってる?」
 健人と同じぐらいの背丈がある晴人の顔を覗き込む。晴人が歩くたびにウォレットチェーンがシャリンと柔らかい音を放つ。
「あぁ、遠足の時によくやったっけ。もしかして、葉子その場でやったの?」
「やった。そして転んだ」
 くるっと振り向き葉子は、また後ろ向きに歩き出した。街灯を背にした葉子の顔は影に隠れて見え難くなった。
「今度は大丈夫。少し踵を上げ気味に歩くか――」
「葉子危ないっ!」
 真後ろに迫った電信柱に、強かに背中をぶつけた葉子は、その場にへたり込んだ。
「踵に気を取られてた。もう」
「ガキじゃあるまいし」
 背中を擦りながら立ち上がろうとすると、大きな手のひらが差し出された。健人のそれと同じ、大きな手のひらだった。
「あ、ありがと」
 少し躊躇しつつその手を握り、身体を起こすと、葉子は自分の頬が上気するのを感じた。
 健人にしてもらった事と全く同じ事なのに、どうしてこんなに、心臓がバクバク言うんだろう。
 健人と同じような大きな手なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。思わずTシャツの胸の辺りをギュっと押えた。
「健人の事、好きか?」
 突然の晴人の質問に、葉子は思考を遮られ、狼狽えた。
「え、何それ、どういう事?」
「葉子、健ちゃん健ちゃんって、健人の事可愛がってるみたいだからさ」
 晴人は夜空を見つめた。細い弧を描く月が、ひっそりとこちらを見ている。
 無邪気で明るい、子供の様な葉子が、大人しい健人を好ましく思っているなら、葉子を全力で応援してやりたくなった。
「健ちゃんの事、好きだよ。けど弟って感じ。頭が良くて、かっこよくて、自慢の弟」
 つま先を見て歩きながら葉子は、健人を思い浮かべた。
 年下なのにいつも葉子を上から見守っていてくれて、黒縁メガネの向こうで控えめに笑ってくれて、くだらない話にも付き合ってくれて、時々葉子を頼ってくれる、弟のような存在。
 そこには恋愛感情はなく、だから彼が差し出した手のひらには躊躇いなく手を重ねる事が出来たのだと思う。
「じゃぁ葉子は俺の妹になるんだな」
「えー、こんなパンクバカな兄貴じゃ嫌だよ」
「パンクバカの妹に言われたくないね」
 そんなパンクバカな兄貴の手のひらを握る事には少し躊躇った自分がいた。紛れもない真実。
 健人と晴人に対する感情には歴然とした差がある事を、葉子は認めざるを得なかった。


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