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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー序章……』-6

千が彷徨(さまよ)う様に森を歩いていると目の前が急に開(ひら)ける。気が付けば千は、いつの間にか小高い丘の上に来ていた。
小さい頃から、ここから眺める景色が好きだった。そんな想いが自然に足を運ばせたのだろうか……しかし、今は何の感情も湧いては来ない……

丘の上に一本だけ生えている巨大な杉の木の根本に、千は崩れ落ちる様に座り込んだ。

「……弥太郎……」

その声に応える者は、もういない。

「そなたは、本当に幸せだったと言うのか?」

幼い頃からいつも一緒にいた……我儘(わがまま)を言っても、優しい笑顔で応えてくれた。思い出すのはいつも笑顔……
一度だけ怒った顔を見たことがあると、ふいに千は思い出した。あれはふざけて木に登り、足を滑らせたときだった。

《怪我をしたら、どうなさいます!!》

でも、すぐに困った様な笑顔になって

《あまり心配させないで下さいませ……》

そう言った。力強い腕に抱(いだ)かれて胸が高鳴り、あの日から弥太郎は千にとって特別な存在になった。

「わらわが姫なんてものじゃなかったら、そなたと……」

尽きることなど忘れた様に涙が溢れる。しかし、千は気付いていた。自分が姫だったからこそ弥太郎と知り合えたという事を。そして、姫だったが故に弥太郎の命を奪ってしまったのだということを……

「『わらわ』なんて、もう必要ない………。弥太郎……わたし、もう疲れてしまった……」

千は懐(ふところ)から小柄を取り出すと、ゆっくりと鞘から引き抜いた。逆手に持ち変え両腕を伸ばしていく。

「きっと怒るであろうな……。でも、許して……もう一人では生きていけないの。今から千は、そなたの元へ参ります。」

ヒュッと風切り音が鳴り、刃先は深々と千の胸元に突き刺さった。

ゴフッ!!

一拍遅れて、咳と共に口から血が飛び散る。

「…弥…太郎…様……」

最後の力を振り絞り、一言だけ呟くと幹に寄りかかったまま、千は絶命した。

やがて静寂が訪れ、静かな風が優しく吹き抜ける。それはまるで、千の頭を撫でる様に、前髪を揺らしていた。

チリン……チリン……

小柄に付いている鈴が、主(あるじ)の死を悼む様に微かに響いている。物悲しく、ただ静かに……



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