『望郷ー魂の帰る場所ー序章……』-5
「千を取り抑えよ!何故、ここに戻らせたのだ!」
領主に言われ家臣が両脇から抑えても、半狂乱の様に千は暴れた。
「何故です父上!!話が違います!お止め下さい!!」
「話が違う………確かにな。しかし、これは弥太郎の最後の頼みなのだ……。そなたに本当の事を話さないでくれと言うな……」
領主の言葉に千は目を剥き、弥太郎を見る。
「真なのか?弥太郎!何故!わらわに嘘をついたのだ!!」
千の問いに弥太郎は苦悶の表情を浮かべ、顔を向けた。
「けじめでございます。わたしが生きていては戦が起きてしまうのです。嘘をついた事、どうかお許し下さい。」
「許さぬ!許せるものか!!……。父上!千は、もう我儘など言いませぬ!弥太郎を……弥太郎をお助け下さい!!」
千の必死な懇願にも領主はきつく口を閉ざしている。そんな半狂乱の千を見つめて弥太郎は言った。
「姫様……父上を困らせてはなりません。あなたの父上である前に一国の主なのですから……」
静かに言い放ち弥太郎は目線を領主に向けた。
「このままでは、わたくしとて決心が鈍ります。どうか……」
弥太郎の言葉に領主は小さく頷いた。
「嫌ああぁぁ!!お止め下さい!父上!!止めてぇぇえっ!!!」
迸(ほとばし)る様な絶叫……身も世も無く千は泣き叫んだ。
「お館様……死に行く者の最後の戯言、お許し願えますか?」
「……申せ……」
領主の言葉に頷き、弥太郎は再び千を見る。その顔は、これから死を迎える者の顔とは思えない程、穏やかであった。
「千姫様、弥太郎は幸せにございました………。後悔などしておりません。いつまでも、お慕い申しております……。これにてお別れにございます。」
言い終わると弥太郎は、ゆっくりと目を閉じて俯いた。領主の腕が静かに上がり、振り降ろされる。
“ゴトン”
鈍い音が響き、壺の中に首が落ちた。
「ああぁぁぁあぁっー!!弥太郎ぉぉおっ!!嫌ああぁぁあっ!!」
家臣の手を振りほどき、千は弥太郎の体にしがみついた。迸る鮮血が赤く赤く千を染めていく……
「嫌だああぁぁあ!!弥太郎っ!弥太郎っ!!」
千の両目からは涙が溢れ、弥太郎の亡骸を抱き締めるその顔は、泣いている様にも、笑っている様にも見えた。
「そなたまで……わらわを一人にするのだな?供に歩むと約束したではないか!弥太郎っっー!!!」
目の前で繰り広げられる壮絶な光景に、家臣は誰一人として動けずにいた。やがて身体中を朱に染めたまま、ゆらりと千は立ち上がる。
「許さない……わらわは誰も許さない……。国が何だと言うのだ?壊れたら、また作ればいいだけのことであろう。壊れた命は決して戻らない。我が娘を道具にしてまで国が大事なのですか?父上……。わらわは、もう誰も信じない。」
千は、ゆっくりと歩き出し、たじろぐ家臣達は道を開ける。そのまま群衆の見つめる中、千は外へと出て行った。
「良いのですか?お館様……!!」
家臣の言葉はそこで止まった。領主の体はブルブルと震え、きつく歯を食いしばり一点を凝視している……そのあまりの形相に、それ以上何も言えずにいた。
「何が……わしに何が言えると言うのだ。キツイ言葉だな。壊れたら、また作ればいい……か。国の為、民の為と思っていたが、わしは娘の心を壊してしまったのだな……」
やっとの思いで、その一言を口にすると領主はうなだれて力無く座り込んだ。