5-1
十二月に入り、新しい仕事が始まった。
以前やっていた事と同じように、庶務、雑務が中心で、そんなに難しい事は無かった。
心療内科へ行くために早退する事も許されていた。
ただ、時給は低かった。食べていくのがやっと、という水準だ。
働き始めて数日経った十二月の初旬、男はやってきた。
首には見慣れないブランド物のマフラーが巻かれていた。
「仕事が決まったのか、良かったじゃないか」
男は春巻きを齧った。
「お前が作る春巻きは、絶対に中身が飛び出さないんだな」
まるで誰かが作る春巻きと比べるように言うその言葉に、怪訝な表情を隠しきれなかった。
男はそれに気づいたのか「うちの母親がヘタクソだったんだ」と言った。
安心させようとしているのか、何かを隠しているのか、分からなかった。
「クリスマスぐらい一緒にいれたらいいなぁ」
シャワーを浴びた後にまたビールを呑みながら、そう言った。この癖はいつからついたのだろうか。付き合い始めてからずっと、お酒はセックスの後だったのに。
部屋の中は凍えるような寒さなのに、男はセックスで汗をかいた。
終わってからシャワーを再度浴びて出てきた。その頃にはエアコンで部屋は温まっていたが、それまではスカイがフクロウの様に丸まって暖をとっていた。
翌日男は「クリスマスに来れるようにする」と言って部屋を出た。
すぐに鞄の外ポケットから携帯電話を取り出し、何か操作をしていた。
私は部屋に戻り、カレンダーにピンクの丸を付けた。
次に男が来るのは多分――二月だ。
一週間後、勿論男は来なかった。
シチューは鍋にたっぷり作ってあったので、数日はシチューの日が続き、数日空いて、また土曜の夜にシチューだ。
隣の部屋から複数の男女の笑い声がする。耳障りな、甲高い声。
スカイはその度に身体をびくつかせていた。
音を遮るためにテレビをつける。バラエティはうるさくて好きではない。
おのずと、ニュース番組を選局し、リモコンをちゃぶ台に置いた。
缶ビールを開ける。
見知った顔が、テレビ画面の半分を覆った。
ハローワークで話しかけてきた、あの男性だ。右目の下にほくろがあるから間違いない。
「自家用車で51歳男性ガス自殺」
写真の下にはそう字幕が出ている。
あの人、自殺したのか――。
仕事、見つからなかったんだろうか。家族を持つという事は、非常に重い事だと思った。
すぐにテレビを消した。
途端に隣の部屋からの騒音が気になる。
そうか、今日はクリスマスイブか。勿論男は来ない。
身寄りのない私は、年末年始もこの家で一人、静かに過ごした。
隣の部屋の若者は実家にでも帰ってるのだろう、物音一つしない。
テレビを見ていてもくだらない特番ばかりで、見る気が起きない。
結局、インターネットでニュースを見たり、料理のレシピを調べたり、男の事を考えたりして正月を過ごした。
男は今、誰と、どこで、どんな風に正月を過ごしているんだろうか。
思考は悪い方へ悪い方へと傾いていく。
全ては病気のせいにする。
仕事がある事だけが救いだ。
仕事中、やはり男の事を考えてしまうが、睡眠がとれている分、居眠りする事は無くなった。
幸か不幸か、それ程忙しい会社ではないので、ぼーっとしていても誰にも咎められない。
一月の殆どの夕飯を、シチューで済ませた。時々ルーと肉を変えて、ビーフシチューにしたりした。
それでも男は来なかった。
急ぎ足で一月が過ぎ去って行った。