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比重
【悲恋 恋愛小説】

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-1

 階下にある、梅の花が咲いた。
 この木に咲く梅は、赤みが強く、少ない花数でも力強さを感じさせる。
 ベランダからその梅の花を見るのが、ここ数日の楽しみになっていた。
 時々スカイを籠ごと外に出し、痛い程冷たい二月の空気に触れさせた。


 予想通り、二月の初旬に男は現れた。
「年末年始は忙しくて」
 この言い訳も、想定の範囲内だ。
 男は出来立てのビーフシチューを口に運んだ。
「冷えた体に沁みるなー」
 いつまでだったか、男に恨み言を言ったりしたが、いつの間にかそんな事もしなくなっていた。
 考えてみれば、あの様な恨み言を女から言われるのは、男にとってきっと重いのだろう。
 それに、今更言っても仕方がない。あと二か月で四月なのだから。
 男が出向から戻ってくるのだから。
 しかし男は出向が終わる事を一切口にしなかった。私も追及はしなかったが、もうすぐ四月になる、と言うぐらいは話題にのぼるかと期待していただけに、落胆も大きかった。
 いつもの様に、男の鞄からは時々、携帯電話の振動音が響き、セックスの前に缶ビールを一本呑み、翌朝に家を出て行った。
「一週間後に来れたら来るから」
 また曖昧な表現をして階段を降りて行った。
 いいいんだ。四月になったら帰ってくるんだから。


 四月が近づくにつれ、心配する要素が減る筈なのに、心のどこかで心配が消えない。
 本当に、帰ってくるのだろうか。
 今、出向先で本当に一人でいるのだろうか。

 一週間後、炊き込みご飯とお刺身を用意して待っていたが、男は来なかった。
 本来なら胸を高鳴らせて待っていられる三月も、何だか不安にに満ちていて、心療内科から貰った薬は手放せなかった。
 一度、睡眠薬を飲まずに寝てみたが、やはり暫く眠気が来ず、結局薬を飲んだ。
 会社の同僚で、同じような薬を飲んでいる人がいて、やはり同じような事を言っていた。
「あれは依存性が高いから、一度飲んだら飲んだ年月の倍かけて脱薬していくしかないようだよ」
 それでも私は、男が帰ってきてくれさえすれば、薬とはオサラバだと思っている。
 懸案事項は男の事だけなのだから。
 男さえ傍にいてくれれば、心穏やかにしていられる。
 男さえ傍にいてくれれば、静かに眠りがやってくる。


 部屋から見える桜の木から伸びる枝の先端が、赤々と色を持ち始めた。
 数日もしないうちに、少しずつ薄桃色の花弁が顔を覗かせ、あっという間に樹を覆った。
 春の風に負けじと樹に食らいつきながら咲く姿は見事だが、やはり風に舞う花弁の、雪のような様が綺麗だと思う。
 スカイを籠ごと持ち、ベランダに出ると、こちらへ向かって花弁が飛んできた。
 スカイの籠の中に一枚の花弁が舞い込み、水受けに浮いた。
 スカイはそれを薄黄色の嘴でつついて、顔を傾げていた。
 もうすぐ、この桜が散る頃には、男が戻ってくる。
 どこか確信出来ない自分がいた。
 樹に掴まりながら、風に吹き飛ばされる事を恐れる桜の花の様に、何かに怯えていた。


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