Purple target-1
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―――それは彼女が幼い息子を抱いて、夕暮れ時の椰子の並木通をゆっくりとした歩調で散歩していた時のことだった。
“・・・ンゥゥ・・・・”
『・・・・?』
人気のない椰子の並木の奥、
錯雑とした茂みの中から微かに聞こえたくぐもった呻き声。
気のせいかとも思いつつ、一瞬彼女は足を止めた。
辺りを見回しても人の気配はない。
やはり気のせいだったかと再び歩みを再開しかけた時、
“ンゥゥゥ・・・ンン・・・・・”
気のせいなどではなかった。
茂みの奥に誰かいる。
しかもそのくぐもった声は女性の、しかもそれが通常ではない雰囲気を帯びていることに気づくのに時間はかからなかった。
『ダァァァ・・・・・』
母親と周囲に漂う“異変”に反応したのか、
胸元で抱いている幼い息子が彼女に対して両手をばたつかせながら、つぶらな瞳で見上げてくる。
『シーッ、駄目よイナミ。・・・良い子だから、少し静かにしていて』
紫色の唇に人差し指をあてる仕草を示して息子を黙らせると、
彼女は1歩1歩なるべく音をたてないように茂みの方に向かって進んでいく。
彼女を駆り立てるのは、 身体の内側から沸き起こってくるかのような“好奇心”という名の感情。
俗な表現にすれば、
“怖いもの見たさ”
といったところか。
腕の中に息子がいることすら忘れて彼女は前へ進む。
海からの微かな潮風が、 彼女の波打った長い黒髪をふんわりとたなびかせた。