失恋の夜〜乱れた友情〜-5
ピンポン、とドアのチャイムが鳴らされた。
ベッドに倒れ込むような姿勢で、いつのまにか眠っていたらしい。ピンポン、ピンポン。ドアのチャイムは何度もしつこく鳴らされる。仕方なく体を起して、ぼんやりとした頭でドアを開けると、そこには汗をだらだら流しながら、息を弾ませた優介が立っていた。
「優介……?」
両膝に手をついて、肩を上下させながら、優介は白い歯をいっぱいに見せて笑った。こういう顔をすると、子供の頃となにも変わっていない。やんちゃで、ちょっとドジで、泣き虫だった中学生の頃の表情が、いまの優介のむこうに透けて見える。
「ああ、よかった! 何回電話してもつながらねえし、電話の声はめちゃくちゃ元気無かったし、自殺でもするんじゃないかと思った……もう、心配させんなよ!」
「ごめん……っていうか、玄関先であんまり大きな声出さないでよ。とりあえず、中に入って」
アパートの狭い廊下、ちらちらと明滅する蛍光灯の下で、優介はおおげさに手を振って断った。背筋をまっすぐに伸ばし、大きな手でぽんぽんと愛美の頭を叩く。優介の短い髪から、汗の雫がしたたり落ちる。
「いやいや、さすがにこんな時間に女の子ひとりの部屋には入れないよ。いいんだ、もう愛美の顔が見れたから、安心した。じゃ、また今度、飲みに行こう。失恋祝いに俺様がおごってやるからさ」
くるりと背を向ける優介の手を、反射的に握った。優介の足が止まる。困ったような目が愛美を見つめた。
「ど、どした?」
何を言えばいいのかわからない。だけど、このまま優介を帰してしまいたくなかった。少しだけ一緒にいて、傍でなぐさめて欲しかった。
「待ってよ……お、お茶くらい出すから。だいたい、もう電車無いんじゃないの? どうやってここまで来たのよ」
優介の家からここまでは電車で15分ほどの距離がある。時計は見ていないけど、おそらくもう真夜中を過ぎている。軽く笑って、優介がふざけた敬礼のようなポーズをとった。
「それはもちろん、悪い奴に泣かされたお姫様を助けるために、空を飛んできたのでありまーすッ! ……なんてな」
「もう、ふざけないでよ」
そんな言い方するつもりじゃないのに、どうにもぶっきらぼうな声が出てしまう。優介は気にする様子もなく、頭をぽりぽりと掻きながら「タクシー使っちゃった」とまた笑った。
「も、もったいないじゃない。タクシーなんて、高いんだから。し、始発の電車の時間まで……うちに居てもいいんだから……」
「うーん、でもさ、なんていうか……失恋したばっかりの女の子の部屋に、真夜中に上がり込む男って『いかにも』じゃない? 狙ってます、みたいな。俺、愛美にそんなふうに思われたくないんだよなぁ」
そんなふうに思われたくない、という言葉が妙に胸に刺さった。男として意識されたら困るということなのか。そんなに自分には魅力が無いのだろうか。
「なによ、わたしと朝まで一緒にいたくないっていうの!? お姫様を助けに来たんなら、最後までちゃんと助けて行きなさいよ! わたしまだ全然助けられてないんだからっ!」
ぐずぐずと煮え切らない態度を続ける優介の腕を引っ張りながら、愛美は駄々っ子のように泣いてしまった。こんな顔、見られたくないのに。でも、このまま帰っちゃうなんて絶対に嫌。
「わわっ、泣くなよ……わかった、わかったって。素直じゃないなぁ、寂しいから一緒に居て欲しいならそう言えばいいだろ? はいはい、ちゃんと朝までつきあいますよ、お姫様」
「素直じゃなくて悪かったわね! どうせわたしは……」
「あはは、悪かったよ、参った、俺の負け。さあ、部屋に入れてくれるんだろ? 話は中でゆっくり聞くよ」
「……うん」