ブルーシールアイスクリーム-1
T字になった通路の突き当たりの席に、この二日間狭い船内で一緒に過ごした4人組の男たちが座っていた。
なんて凄い偶然!
夜が長いこの時期この時間、観光地の数ある店の中からただ一つ、さらにこの広い店内でピンポイントで遭遇するなんて!
「ナツくん!」
あたしは思わず声を出した。今のあたしには昨晩のわだかまりは無かった。
あたしの声を聞いたあたしの友人達も驚いたが、名前を呼ばれた当の本人はもっと驚いたみたい。ナツくんはギョッとした表情を浮かべ、今朝より日に焼けて少し精悍さが増した顔をあたしの方に向けた。
「ナッちゃん!」
ナツくんは驚いた表情をのまま、手にしていたモノを持ちながら立ち上がった。
あたしは再会の嬉しさもさることながら、ナツくんが手にしていたモノが目に入り、思わず噴き出してしまった。
「プッ!ナツくんもアイスクリーム好きなん?」
ナツくんが手にしていたのはブルーシールアイスクリーム。それも店頭で売っている紙のカップのまんま。この店の雰囲気とサングラス姿に到底似合わない代物で、『BLUESEAL』のロゴマークが痛々しい。
「あっ、これ?ほら、無料クーポン付いてたからその〜、まさか容器に入れんとこのまんま出てくるとは思えへんかった…」
「ナツがアイスクリーム食べたいって言うからここにしたんやで。お陰で会えたやんか、お前、アイス好きでよかったのう」
ナツくんがしどろもどろなっている後ろから、黒い服を着たナツくんの友だちが笑いながら言った。
「ナッちゃん、そしたらあんたらお互いが引き寄せたみたいやな」
トモちゃんも目を丸くして言った。
どうやら凄い偶然が重なった訳では無く、同じツアーのアイスクリーム好きが、セコく同じ無料クーポンを使っただけだったみたい。イヤイヤそれはそれでも凄いもんよね。
「ナツ、折角再会できたんや、飯食ったらオレらだけでフェリーの子らとカラオケ行ってくるから、お前ナッちゃんとどっか行ってこいや」
今度は一番大人びた子が言った。
「ん?フェリーの子って?」
あたしは少しカチンときた。
「あ、あ〜、え〜、その〜ホテルが一緒やってん。そしたらこいつが『夜はホテルの前のカラオケ屋行こう』って勝手に決めてきよったんや」
ナツくんはさっきしゃべった子を指差して言った。
「へー、楽しそうやね。そっちへ行けば!」
「ナツが言うたことはホンマやで。オレが勝手に決めたんや。ナツはさっきまで知らんかってん」
ナツくんに指差された子がナツくんを弁解した。ホントかな?
「そうそう、勝手なこいつが悪いねん」
ナツくんがその子の頭を小突いた。
「アホ、せっかくフォローしてんのに、小突くな」
「なら、もっとフォローせんかい」
今度はその子の両肩を持って揺さぶった。
「ア、アホ、脳ミソ崩れるやんけ、やめんかい!」
顔をガクガク揺らしながら、その子はナツくんの手を振り払った。
「ほらほら、やめたったから、はよ言え、直ぐ言え」
「わかったわかった。しゃあから触るなって
!あのな、ナツは一日中落ち込んでホンマ大変やったんやで。どよ〜んとしたんがカラオケ来ても鬱陶しいから、ナツを連れてって。これでエエか?」
鬱陶しいと言われながらも、ナツくんは嬉しそうにうんうんと頷きながらあたしを見た。
「ナツくん、大丈夫や。ナッちゃんもOKやから安心し」
そこにユーコも割り込んで、あたしを差し置いて横から口を出した。
「そうそう、ナッちゃん『一緒に行く』て言い、あんたまた悪い癖出てるで」
ミヤちんが楽しそうに言った。
フン!と、思ったけどこのままだったら後悔することは明確なので、みんなの言葉に素直に従うことにした。
「うん…」
あたしが頷くと、ナツくんを始め、他の7人が揃って歓声を上げた。
こんなやり取りを席も座らないまましていたので、しびれを切らした係の人が「席に座っていただいてよろしいですか」とにこやかに促した。あたしは急に恥ずかしくなって慌てて席に付いてから俯いた。
「ナ〜ッちゃん、お顔が真っ赤っかやで」
ミヤちん、うるさい!
料理を選んでいる時もメニュー越しに見えるナツくんをついつい見てしまい、中々料理が決まらなかった。
食事が終わっていたナツくんたちは、時間調整のためにアイスコーヒー追加注文していた。
「ナッちゃん早く決めて。お腹が空いて死にそうや」
ミヤちんが大げさに言う。
「うん」
普段から中々決めることができない私は、いつもの倍以上の時間を掛けてようやく料理を決めた。