花火大会の夜-4
「昔もさ、こうしてたこ焼き食べさせてくれたことあったよね」
葵も同じことを思い出してくれたらしい。
なんかソレがすごく嬉しい。
「あったな。っていうかオマエは何か食べさせれば機嫌が直るから」
「なにそれ」
まだ目は真っ赤だけど、少し頬を膨らませながらも笑ってくれた。
「葵は笑ってろ。そのほうがいい」
「うん」
しばし会話は中断して、二人で花火を眺めながら食事をする。
取り上げた酒の代わりに、葵の好きな紅茶のペットボトルを冷蔵庫から出してやった。
「買っといてくれたんだ」
「あぁ。ビール飲めないだろうと思って。まさか生理来ないとか言われるとは思わなかったけどな」
「ごめん…」
「大丈夫だとは思うけど。でも明日検査薬ではっきりしてからのほうがいいだろ?あ。浴衣しんどくないのか?」
「別に気持ち悪いとかそういうのはない」
「そっか。焼き鳥とか温めてくるか?」
「いいよ。せっかくだから一緒に花火観よう?」
「そうだな。早く食わねぇと、オレ全部食っちまうぞ」
葵はわかっていない。
その上目遣いのおねだりが、どれだけ魔力を秘めているのかを。
照れ隠しにわざとぶっきらぼうな、葵が頬を膨らませるようなことを言ってしまう。
「陽平、ありがとね」
でも返ってきたのは意外な言葉で面食らう。
「なんだよ」
「ここんところずっとね、不安で仕方なかったの。誰にも相談できなかったし。だけどさ、陽平はいっつもちゃんと受け止めてくれるじゃない?だからありがと」
「…あぁ」
そっとオレの左手に触れた葵の小さな右手をしっかりと握る。
オレのほうをみてはにかんだ葵の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「…ソース味」
唇を離すと、葵が唇を尖らせる。
「しょうがないだろ。ソース味のもんばっか食ってんだから」
「あ、やだ。陽平、青海苔ついてるよ?」
「全部食い終わってから拭くからいいんだよ」
「やだー。ムードなーいっ」
3/4はオレが食ったと思うが、テーブルの上の容器が空になる頃、花火が連発して上がりだす。
「そろそろ今年の花火も終わりか」
「うん…」
次々と打ち上げられては綺麗な花を開かせ、夏の夜空に散っていく花火を静かに2人で眺める。
「来年も陽平と一緒に観たい」
ぽつり、と葵がつぶやいた。
「来年だけじゃねーよ。これからずっと一緒だ」
ちょっとこっ恥ずかしいけどそう言うと、葵が満足そうに笑う。
最後の大輪の花が夜空に消えたとき、どちらからともなくもう一度キスをした。
「明日の朝迎えに行くよ」
「…うん」
「早くわかったほうがいいだろ?」
うつむいてしまった葵の手を握る。
「あのさ…」
「どうした?」
「…今日、ここにいたらダメ?」
「オレはかまわないけど…わかった、マリコさんにはテキトーにメールしとくよ」
あまりにも葵の情けない顔に思わず苦笑い。
オレの言葉に少しホッとしたような顔をする。
一人になりたくないんだろう。
言葉には出さないけれど、葵の気持ちを考えるとオレに出来ることがあれば何でもしてやりたいと思う。
「久しぶりだね、陽平んちにお泊り」
「ガキの頃は週の半分はウチにいたもんな」
自分の両親が葵に夢中になるのは正直面白くないと思ったこともあるが、それでも葵が泊まりに来る日をすごく楽しみにしていたことを思い出す。
「風呂入ってこいよ。あ、別に変な意味じゃねーぞ」
「わかってるよ。陽平、何真っ赤になってんの?それとも子供の頃みたいに一緒に入る?」
なんでコイツのほうが余裕があるんだろう。
ちょっと癪に障る。
「…今日はやめとく。着替え、オレのでいいか?」
「あ…下着とかも替えたいし、取りに行ってきてもいい?陽平、一緒に来てくれる?」
「あぁ、しょうがねぇな」
「陽平って私がワガママ言っても、しょうがねぇなって言いながらもちゃんとやってくれるんだよね。そういうとこ昔から好き」
立ち上がったオレの手を葵が掴んで笑う。
「…いいから行くぞ」
「あ、照れてる。カワイイ」
一応玄関の鍵をかけて、葵の家へ。
葵が部屋へ着替えを取りに行っている間、リビングで待たせてもらう。
「あのさ、浴衣脱いでシャワー浴びてきてもいい?」
「あぁ」
「じゃぁコレでも飲んで待ってて」
葵が冷蔵庫から取り出してきたのは、マリコさんの缶ビール。
「大丈夫なのか?」
「6本入ってたから大丈夫じゃない?」
そう言うと何事もなかったように、風呂場へと消えていく。
妙に緊張しているのはオレだけのよう。
昔からこうやってお互いの家を行き来していたから、緊張するオレのほうがおかしいのかもしれない。
手持ち無沙汰なので、マリコさんにメールを送る。
『仕事お疲れ様です。葵、花火から帰ってきて酒飲ませたら寝ちゃったので、ウチで預かります』
チビチビと缶ビールを傾けながらメールを打ったあと、明日の行く先を検索しているうちに、葵が出てきた。
「ごめんね、お待たせ」
「大丈夫だよ。マリコさんにメール送っといたぞ」
すっぴんの葵を見るのはどれくらいぶりだろう。
オレの視線に気がついたのか、少しうつむいた。
「へん?」
「いや。むしろその方が見慣れてたから」
「そうだよね。あ、陽平アイス食べる?」
「あぁ」
冷凍庫からアイスを2つ取り出すと、オレの家に戻って一緒に食べた。
なるべく今日のことと、生理が来ないことは思い出させないように、他愛もない話をしながら。