花火大会の夜-3
そう自虐的に笑って、一気にサワーの缶を傾ける。
「知らなかったって…オマエ、告られてOKしたわけ?」
葵が頷いた時、目の前が真っ暗になったような気がした。
外では花火が上がり続けているのに。
「だって、フツー既婚者が告るなんてありえないじゃん。石井さん指輪もしてないし、知らなかったんだもん」
まぁ、そりゃそうだ。
「聞かなかったのかよ?結婚してるかとか。っつーか、職場で家族の話とか聞いたことなかったのか?」
「…ない」
…あの野郎、確信犯じゃねーか。
「今日だって一緒の休みだったから、花火誘ったの。実家に帰らなきゃいけないかもしれないからって答え先延ばしにされてて、昨日の夜になって断られて…」
…だから朝あんな目してたのか?
さっきの目が笑ってない顔も納得がいく。
「なぁ、アイツんち行ったことある?」
「うん。フツーのアパートで一人暮らしだった」
「それって単身赴任だった、ってことか…サイテーだな」
「どうしよう…アタシ、これじゃマリコさんと一緒じゃん…」
そう言うと葵はとうとう泣き出した。
マリコさんは既婚者の男と付き合っていて、葵を身篭ったらしい。
シングルマザーで育ててくれたマリコさんには感謝しているようだが、やはりそこは複雑な感情があるのだろう。
「そんな風に言うなよ。葵は知らなかったんだろ?騙されてたんだろ?」
「でも…生理来ない…」
「生理来ないってオマ…アイツとヤったのか?」
「ヤったとかそういう表現しないでよっ」
思いっきり肩を叩かれた。
「そんなこと言ってる場合か?それ、アイツ知ってんのか?」
葵は力なく首を振る。
「避妊しなかったのか?」
「…外に出せば大丈夫だって…」
…サイテーだな、あの野郎。
ちょっと殺意感じてるんですけど。
「検査薬とかは調べたのか?」
「だってそんなもの恥ずかしくて買えない…」
「あのなぁ、そういう問題じゃないだろ。葵、生理不順とかじゃねーの?普段はちゃんと周期的に来るのかよ?」
今度は縦に首を振る。
「オマエ、ここ数回の生理開始日とヤった日書け!」
もうこうなったら花火をのんびり見ている場合じゃない。
メモとペンを葵に押し付け、ノートパソコンの電源を入れる。
ケータイだと2人じゃ見づらいと思ったのだ。
書き終わったメモを奪い取り、ググって適当そうなサイトでデータを入力する。
どうやらヤったのは3回で、それほど危険性の高い時期ではないようだが…
「明日検査薬買いに行くぞ」
「え?」
「え?じゃねぇよ。生理予定日から2週間経ってんだろ?もう検査薬使えばわかる」
「でも…」
「でもじゃねぇ。一人じゃ恥ずかしくて買いにいけないんだろ?この辺で買うのも恥ずかしいんだろ?」
「うん…」
「明日車出してやるから少し遠出しよう」
「陽平…」
「んな顔すんなって。っつーかはっきりするまでは飲むな」
葵の手からサワーを取り上げる。
「ひどい」
「ひどいじゃねぇよ。お腹ん中にいたらどうすんだよ」
「いたって生めるわけないじゃないっ。見たでしょ?今日。あの人には奥さんがいて、ゆなちゃんがいるのよ?奥さんだって妊娠してたじゃないっ」
「ソレとコレは別問題だろ?命がかかってんだぞ?」
「アタシはマリコさんみたいになりたくないっ。自分の子供に同じ思いさせたくないっ」
そう叫んだ葵の気持ちはわからなくはないが、手が先に動いていた。
乾いた音が部屋に響く。
手のひらに感じる痛み。
頬を押さえて驚いた顔をしている葵。
「だったらなんで避妊もしてくれないような男とヤッたんだよ。一番悪いのはあの男だよ。既婚者だってこと隠して、しかも奥さん妊娠中なのに、避妊もしないでオマエとヤッたんだからな。でもオマエだって拒否すること出来たはずだ。そうだろ?」
ポロポロと涙をこぼして、葵は頷いた。
「悪かったよ、手出したりして。葵の気持ちもわからなくはない。でもそれは一生懸命葵を育ててくれたマリコさんに失礼じゃないか?」
声を上げて泣き出した葵の背中をそっと撫でる。
「それに一人で生ませたりしねーよ。もし葵の腹ん中に赤ちゃんがいるんだとしたら、オレがその子の父親になってやる。そしたら葵と一緒じゃねーだろ?」
「陽平が?なんで?」
ぐしゃぐしゃの顔で間抜けな質問。
本当にコイツの鈍感っぷりときたら天下一品だ。
「なんでじゃねーよ。好きなヤツの腹ん中の子だから当たり前だろ」
「え?」
「あのなぁ、オマエどんだけ鈍いんだよ。オレは葵が好きなの。子供の頃からずっと。気づいてないのはオマエだけだよ」
「だって陽平、彼女いたりしたじゃん!」
「どれも長続きしなかったのは、結局自分の本心に気づくからだよ。葵が好きだって。他の女じゃダメだって」
あぁ、ムードもへったくれもあったもんじゃない。
シチュエーション的には花火大会の日に告白なんてもってこいなんだろうけど。
「だからあんな既婚者のサギ男のことなんか忘れてオレにしとけ」
「でもそんなの陽平に悪いよ」
「悪くない」
「でも…」
「でもじゃない。オレのこと嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。でもそういう対象としてみたことないよ」
「知ってる。だったらコレからそういう風に見ていけばいい。ほら、とりあえずメシ食え。せっかくだし花火観るぞ」
「うん…」
「ほら食え」
どのくらい前だろう。
やはり花火大会の日にマリコさんとケンカした葵を慰めるべく、こうやってたこ焼きを葵の目の前に差し出したことがあった。