ハワイ-1
「ケンジおじ、何蒼い顔してんの?」真雪が前のシートから首を後ろに向けて言った。
「俺、飛行機嫌いって言っただろ。」
7人の乗った飛行機が動きだし、滑走路をゆっくりと離陸位置まで進み始めた。
「ああ、生きてる気がしない・・・・・。」
「まったく、大げさなんだから・・。」ケンジの右隣に座ったミカがあきれたように言った。
ケンジの左隣にはマユミが座っていた。その隣の通路に面した席にケネス。彼らの前の列、通路側から健太郎、真雪、龍が並んで座っていた。
「ケン兄、ハワイに行って欲しいもの、何かあるの?」マユミが訊ねた。
「今すぐ欲しいものならある。」
「何?」
「ど○でもドア。」
飛行機が離陸準備に入った。「お、降ろせ、俺を降ろしてくれっ!」ケンジがそわそわし始めた。
「父さん、僕恥ずかしいんだけど・・・。」龍がつぶやいた。
「ミカ姉、ちょっとケンジをおとなしくさせてくれへんか?」
「いいかげんに落ち着いたら?ケンジ。」ミカが言った。「子供らの前で恥ずかしくないのか?」
「ああ、もうだめだ・・・・。」
「眠ってなよ。ケン兄。」マユミが言って、薄いケットをケンジの膝に掛けた。
「ところでさ、」健太郎が後ろのケネスに話しかけた。
「何や?健太郎。」
「この旅行って、ケンジおじと母さんのために計画したんだよね。」
「そうや。」
「前から思ってたんだけどさ、なんでこの8月3日が二人の記念日なんだい?」
「話してええか?マーユ。」ケネスは隣に座ったマユミに訊いた。
「そうそう。いったい、何の記念日なの?」真雪も振り向いた。
マユミが少し赤くなって言った。「それはね、ケン兄が初めてあたしに、」
「お、おいおい、マユ、」ケンジが慌てた。
「チョコレートを買ってくれた記念日なんだよ。」
ずるっ!ケンジがくずおれた。
「えー、そんなこと?」
「な、なんだ、そんなことって。」ケンジがむっとしたように言った。
「それのどこが記念すべきことなんだよ。」健太郎は納得いかないように食いついた。
「おい、健太郎、俺がマユにチョコレートを買ってやる、っていうことが、どんなに重大なイベントだったか、お前にはわからないのか?」
「わからない。」
「兄妹ってさ、」マユミが言った。「何か年頃になると、お互いを意識しちゃって、よそよそしくなったりするもんじゃない。」
「そうかなあ。」健太郎は真雪を見て言った。
「特に男女の双子だったあたしたちは、お互いのことをよくわかってなくて、すれ違ってたの。なかなか想いが伝えられなくてね。」
「ふうん・・。」
「ケン兄がチョコレートをあたしに買ってくれたことで、二人が兄妹としての絆を深められたんだよ。」
「『兄妹』としての絆?ちょっと違わないか?」ミカが小さくケンジにだけ聞こえるように言った。「お前はだまってろ。」ケンジも小声で返した。
「そうか、そうなんだね。」真雪が感心したように言った。
「確かに重大なイベントだったのかも・・・。」
「納得したか?二人とも。」ケンジが威張って言った。
「で、その後は今みたいにとても仲良しになったんだね。」真雪がにこにこして言った。
「そう。と・て・も、仲良しになった。」ミカが口を挟んだ。
「お前らも見習うんやで。」ケネスが笑いながら言った。そしてケンジが続けた。「兄妹は一生で一番長くつき合う肉親なんだからな。」
「うまくごまかしやがったな・・・。」ミカがまたケンジにだけ聞こえるようにぼそっと言った。
「でもさ、」また健太郎だった。「もう8月3日、終わっちゃうじゃん。夜の8時だし。」
「ハワイに着くのは8月3日の朝9時だ。」ミカが言った。「お前、高校生のくせに地球が丸いってことも知らないのか?まったく情けないやつだな。」
「俺、工業高校生だし。」健太郎がふてくされて言った。
「そないなこと関係ないやろ!一般常識や。まったく、親の顔が見たいで。」ケンジがケネスをちらりと見て笑った。
ホノルルの空港全体が熱い空気に包まれている感じがした。空港から外に出た7人は一様に深呼吸をしてまぶしそうに目を細めた。「空気が熱いっ!」ミカが言った。
「やった!ハワイだっ!」龍が叫んだ。
「龍は海外、初めてだからな。」ミカが龍の頭を軽くたたきながら言った。「いっぱい楽しみな。」
「うんっ!」
「は〜、やっと着いた・・・・。でも、また帰らなきゃなんないかと思うと、気が重い・・・。」ケンジがぐったりとした表情で言った。「どこ○もドア、どっかに売ってないかな・・・。」
「まだ言ってる。」健太郎が横目でケンジを見て言った。