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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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凶星の娘-1

 ラヴィの父親は、貿易商船を何隻も抱える富裕な商人だった。
 象牙や真珠、茶や香辛料を仕入れ、自国からは鉄鉱石や小麦を輸出していた。

 海運貿易は、商人の腕もさることながら運にも大きく左右される。
 船が港に無事に着けば富を得れるが、嵐で沈みでもすれば大損害だ。
 そこで父親は占いや縁起をとても気にしていた。若い頃は微笑ましい程度だったが、しだいにそれは病的になっていった。
 子どもが生まれるたびに占い師を呼んで吉凶を占わせ、名前や身の振り方まで、全て占いどおりにさせた。
 生まれてすぐに養子へ……幼年で婚約者を決めて相手の家に送る……留学をさせる……手元で可愛がる……といった具合に。

 ラヴィは赤ん坊の頃から、田舎街に隠居している老婦人に預けられ、実家を訪れる事も許されなかった。
 今は未亡人だが、父の遠縁にあたる人の妻で、元は貴族の出身らしい。

 その理由をラヴィが知ったのは、ずいぶん大きくなってからだ。
 ある日、大人たちが話しているのを、こっそり聞いてしまったのだ。

 ラヴィを占った占い師は、『この子は稀に見る凶星の元に生まれてしまった。』と、断言したらしい。
 その不運は一生つきまとい、自分のみならず、関わる相手をことごとく不幸にする……。

『虐げても、受け入れてもならない』そう告げられたそうだ。

 父親は怒り狂い、妻と離縁した。
 ラヴィも一緒に追い出そうとしたが、『虐げてもならない』という告げを気にして、もてあましていた。
 それを知った老婦人が見かね、自分には子どもがいないからと預かる事にしたらしい。
 とても悲しい気持ちになったが、ラヴィは納得した。
 父親は年に一、二度田舎の屋敷へ来たが、老婦人に何か挨拶する程度で、ラヴィは視界にもいれたくないという態度だったからだ。

『虐げず、受け入れず』まさにその通りにしていた。

 金銭的な援助は十分してくれたし、誕生日にはプレゼントと代筆されたカードが届いた。

(お父さまは、私が嫌いなのではなく、占いを気にしてそう振る舞っているだけ……皆を不幸にしないために我慢しているのよ)

 そう思って、満足しようと思った。

 田舎に来る際、父親がいつも連れていたお気に入りの娘エレーンは、すぐ上の姉だった。
 彼女は幸運の女神との神託が下されたらしい。
 透けるような白い肌と、金色の髪をした姉は美しく華やかで、ラヴィは彼女が大好きだった。
 姉は常に、流行品をセンスよく身につけ、相手が誰でも物怖じせずにハキハキと答えて可愛がられる。
 引っ込み思案でパッとしない自分に、こんなに素敵な姉がいる事が誇らしかった。

 姉は訪れるたびに、自分のお下がりの綺麗な服やアクセサリーをくれ、賑やかな港町の話を聞かせてくれた。
 頬の傷を見て、同情してくれた。

『可哀想に、貴女は本当に不幸ね。大人しくって一人じゃ何にもできないし。でも安心して、私が優しくしてあげる』

 なぜかチクンと胸が痛くなったが、優しく頭を撫でてくれる姉は、幸運の女神と称えられるにふさわしいと思った。
 醜い顔の爪痕が見えると周囲に嫌われる。という姉の忠告に従い、前髪を長く伸ばして顔を隠した。
 老婦人は、その前髪の方が傷よりよほどみっともないと、いつも顔をしかめていたが。

 ラヴィが初めて実家に行ったのは、見合いの為だった。
 国は数年前からイスパニラ軍に併合されており、どこの街にも軍が駐屯していた。
 相手の男は、実家のある港町を取り仕切るイスパニラの将軍で、お前を妻に望んでいる。とだけ聞かされた。

 ラヴィの意見は一切聞かれず、ただ迎えの馬車が来た。
 育ててくれた老婦人は、難しい顔をして黙っていたが、馬車に乗り込む間際に、「どうしても気が進まなければ、戻ってきなさい」と言った。
 頑固で厳しい彼女が、あまり好きではなかったが、はじめて心から感じた。ずっと母親代わりでいてくれたのは、彼女だった。


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