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満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)
【ファンタジー 官能小説】

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凶星の娘-2

 実感もろくに沸かないまま、ただ呆然と馬車に揺られ、はじめての我が家に足を踏み入れた。
 潮風の吹く賑やかな街で、一際目立つ邸宅だった。
 白い壁の大きな屋敷で、普通の家の三倍はある。
 玄関に続く小道の両脇には色鮮やかな南国の花が咲き乱れ、大理石の噴水を浴びて人魚の彫像が微笑んでいた。
 姉が優しく出迎えてくれ、父親さえもいつもと違い笑顔を浮かべていた。

 用意したドレスに着替えるよう言われた時、惨劇は起こった。
 使用人の悲鳴が響き、武装したイスパニラ兵の一団が、甲冑を鳴らしながら押し入ってきたのだ。
 ラヴィと姉も剣をつきつけられ、慌てふためく父親の前に、一目で他より高価だとわかる甲冑をつけた男が進み出た。
 短く濃いひげを蓄えた中年の男は、冑の下で残忍そのものの表情を浮べる。

「これは、どういう事ですか!」

 男は驚愕し食ってかかる父親に、薄笑いで返した。

「貴様の娘を娶るのはやめた。貴様には、花嫁の父の衣装代わりに、反逆罪の汚名を着てもらおう。むろん、財産は全てイスパニラ軍が没収する」
「反逆罪!?デタラメにも程がございますぞ!証拠でもあるのですか!?」
「証拠?そんなものは必要ない。この街では、俺がそう言えば、それが事実だ」
「なんです……と?」
「フン、先に約束をたがえたのは貴様だ。娘をよこすというが、ずっと田舎に追いやっていた妹の方だというではないか。俺は、エレーンを娶る気でいたのだが」
「ハ……ハハ……それはその……」

 父親の顔に、こすっからい笑みが浮かぶ。

「エレーンはちと甘やかして育ててしまいましてな。将軍閣下に差し出すには少々いたらないかと……フラヴィアーナでしたら、気立ても良く……」
「なるほど?そういえば貴様は、娘をよこすとは言ったが、どの娘とははっきり言わなかったな、ハハハハ!これはやられた。」

 高笑う男の前で、汗を拭き吹き父親も笑う。

「ええ。しかし誠意は忘れておりませぬ。フラヴィアーナは大人しい娘です。どう扱おうと閣下のご自由に」
「……おとうさま?」

 信じられない思いで、ラヴィは父親をみあげた。
 どう扱おうと?私は、妻に望まれたのではないの?

「フン、そうか。」
「ええ。ですから……」
「貴様の誠意など、所詮はその程度よな!」

 男の剣が一閃し、父の首が転がりおちた。

「お父様ぁ!!いやぁ!どうしてぇぇ!!」

 姉の絶叫が響いたが、ラヴィは悲鳴すらでなかった。
 先ほどからの会話で、十分すぎるほどの衝撃に打ちのめされていたのだ。
 そして次の瞬間、乾いた音と共にラヴィの頬に痛みが走った。
 姉に平手打ちされたのだと、一瞬後れてわかった。

「何を平気な顔してるのよ!この疫病神!!」

 清く優しい幸運の女神が、顔をギラギラと醜い憎悪にゆがめていた。

「フラヴィアーナ!あなたが家に来た途端これだわ!お父様の言った通りの疫病神!!全部あなたのせいよ!!」
「姉……さ……ま……?」

男はそれを見て、奇妙に口端をゆがめた。

「フン。美しいが性根は卑しいとは、貴様のためにあるような表現だな。エレーン」
「!!」

 絶句する姉の頬を、男は手甲をはめた手で殴った。

「ぎゃっ!」

 鼻血が飛び散り、倒れた姉の口元から、一本抜けた歯が転がり落ちる。

「貴様が妻になると思えばこそ、家宝の指輪も宝石も贈ったのだ。何をされても耐え忍ぶ従順な妻になると、貴様は俺に言ったぞ!」
「ひ……だ……だって……おとうさまが……」
「それを直前で妹に全てなすり付け、挙句に今の醜態か。見苦しいにも程がある」
「誤解です!!結婚は、お父様が決めて……私のせいじゃないわ!!」
「あら?お嬢様。わたし達は、ちゃぁんとお聞きしましたよ」

 男の後ろから、数人のメイドが現れた。
 代表格らしい少女が、一歩進み出る。

「貴女と旦那様は、こうおっしゃり笑いあっておりました。『むさくるしいイスパニラ兵の妻なんて、田舎娘のフラヴィアーナで十分よ』『そうとも、持参金を少し余計につけてやれば、あの厄介者を喜んで娶るさ』『妻って言っても、玩具同然でしょうけどね。縛ったり叩いたりが好きなヘンタイ男って、有名よ』……一言一句、全て憶えております」
「なっ!デ、デタラメ言わないでよ!!」

 怒り狂った姉の叫びに、使用人の少女たちは、冷ややかな薄笑いで答えた。

「エレーンさま。さぁ、いつものように殿方に媚びてみたらどうです?」
「そうそう。貴女は外面だけは良いのですから。皆、それに騙されるのですよね」
「さんざん私たちをいじめ、恋人まで次々奪った売女のクセに!」
「あ、ああ……あんたたち!!」

 引きつった叫びをあげ、姉は男にすがるような目を向けた。

「嘘です!!このメイドたちは、恋人に振られたのを私のせいだと逆恨みして……」

 だが、男は姉の言い分を聞こうとしなかった。
 男がもう一度、姉を殴りつけ兵たちの方に押しやると、メイド達は満足気に笑いあって部屋を出て行った。

「好きに遊んでいいぞ。まがりなりにも街一番の美女と評判の娘だ」



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