田中正樹-2
「お一人ですか?私も一人なんですよ。よか ったら少し一緒に飲みませんか?」
何週間か前にそんな風に声をかけてきた若い男。優しげな風貌で穏やかに話す男だった。「刻ヶ谷高校の先生ですか。すごいですねえ」「そういえばこの前図書館で刻ヶ谷高校の制服を着たかわいい女の子を見かけましたよ。赤い眼鏡のおとなしそうな女の子」「へえ〜、宮村佳奈ちゃんっていうんですか。一度でいいからあんなかわいい女の子とエッチとかしてみたいですよね」
田中はこの男が気に入って、その後も会えば一緒に飲むようになった。とにかく話していて楽しいのだ。
「もし私なんかが先生なんてやってると毎日妄想しちゃって大変そうですよ。田中先生はないですか?そういうの。」「あの佳奈ちゃんでしたっけ?どうも両親と うまくいってないみたいですよ。友達も少ないみたいですしね。」「ああいう大人しいタイプの女の子
は意外と強引に迫られるのが好きだったり・・・。ハハハ、すいません。冗談です。」
この男の振ってくる話題は妙なほど田中のツボにはまった。田中も宮村佳奈のことは今までに何度も脳内で犯していた。そんな話も酒の肴として楽しく聞いてくれるのだ。
「野球部の高橋君でしたっけ?佳奈ちゃん、なんか彼に告白されたみたいですよ。嬉しそうに歩いてるのをこの前見ました。」「確かに彼かっこいいですよね。でも恋愛の経験なんかは少なそうだし、佳奈ちゃんとはどうなのかなあ。」「佳奈ちゃんにはもっとぐいぐい引っ張ってあげられるような大人の男の方がいいんじゃ ないかな。たとえば田中先生のような。あ、すいません。生徒と教師だとまずいですよね。」
「べつにまずいことはねえよ。宮村も来年には卒業するんだしな。」
高橋と宮村が付き合う?なんとなく腹が立って、ついつい田中は荒い口調で答えてしまっていた。
「あはは。すいません。でもだったら卒業まで待つ必要もないですよね。あ、お酒、もう一杯どうぞ。奢りますから。」
「そうですか、借金があるんですか。返済も大変ですね。」「でも借金なんてなくても、人間なんて明日どうなるかも分からないですよ。やっぱり楽しめるときに少しでも楽しんでおくべきですよね。」
かなり酒が入っていたこともあり 、そのあとの会話の流れはよく覚えていない。
「ああいうタイプの女の子は力づくででも押し倒してしまえばなんとかなるもんですよ。意外とそういうのが好きだったりしますしね。」「大丈夫です。そんな深刻な悩みを打ち明けられるほど親しい人は彼女にはいません。」「警察?心配いりません。そんなことをすれば自分も晒し者になるんですよ。刺し違えるような真似をするよりも諦めてしまうタイプの女の子です。」「誰からも愛されていない孤独な女の子です。せめて先生のものしてあげた方が彼女も幸せですよ。」
彼の言葉は一つ一つが的確に田中の心を揺さぶった。明日どうなるか分からないわが身・・・。少しでも楽しんでおいたほうが・・・。そのほうが彼女も幸せ・・・。 よし、やってやる・・・。酩酊しながらも田中は固く決心を固めていた。しかしよく考えるとあいつはなぜあんなに宮村佳奈の境遇について詳しかったんだろうか。とても偶然とは思えないが・・・。
「まあ、今更気にすることもないか。」
何もかもうまくいったのだ。田中は宮村佳奈という最高のおもちゃを手に入れたのだから。今週はどうしてやろうか。田中はもう一本ビールを開け、再び残酷な妄想の世界に沈んでいった。
男は電話を切った。予想どおりにいったようだ。宮村佳奈は今後も田中に陵辱され続けるだろう。それも田中の己の境遇に対するやり場のない怒りをぶつけられるような悲惨な陵辱を。田中が借金で完全に破滅するか、あるいは佳奈の心が完 全に壊れるまで・・・。
「思い知れ・・・。」
男の小さな呟きにはとてつもない悪意が込められていた。