富子幻舞-34
(・・・確かに私は勝元殿に抱き締められた・・・。
でも、その後の能舞台での出来事は・・・私の夢?
それとも・・・・・)
富子の着物は脱がされたりした形跡はない。
つまりあの情景は現実に勝元によってもたらされたものではないということ。
(・・・あの時勝元殿は、私に指一本触れることなく去っていった・・・・)
それは運命に導かれて、因縁の地で再会した女に対する男女としての“決別の証”――――
(・・・もしや、あの情景は・・・勝元殿に抱かれたいという願望が、夢という形となったのだろうか・・・・・・)
少し気だるさを残した身体を侍女に助け起こされながら、富子はぼんやりとした心持ちのまま帰邸の途についたのだった。
富子の下腹部、熱くなっていた果肉の疼きは既に収まっていた――――
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―――西暦1466年9月6日、
―――将軍・足利義政の側近伊勢貞親と季瓊真蘂らが諸大名の反発で追放される。
これをきっかけに、義政は側近を中心とした政治を行えなくなり、
将軍後継を巡る対立と相まって、有力諸大名の対立が激化していくことになる。
―――世にいう
“文正の政変”である。
―――この政変に前後して山名宗全ら春王擁立派が反対勢力に対する政戦両面からの攻勢を開始、
対する細川勝元側は防戦一方となり、権力抗争主導権は山名側に移っていく。
勝元側は報復のため諸大名を上洛させ、時代は応仁の乱に向かって一直線に突き進んでいくのである。