恋人との日常-4
男に興味が無いのはサチコもシホと同様だが、実際のところ、サチコが誘いを断っている本当の理由は別にある。サチコの話では、この男の視線がどうにも生理的に不愉快に感じられるらしい。それは単に、サチコの自意識過剰な思い過ごしなのかもしれない。だが、サチコと話しているときの男の視線が、シホから見ても恋人の身体を舐め回しているような感覚に襲われるのも事実だった。
シホもサチコも、セクシャルな面においては奔放な性格だが、自分なりにこだわりのようなモノはある。最低限、相手の嫌がる事はしていないつもりだし、ベッドを共にするのもお互いに合意の上でである。
だが、目の前の男からは、相手のことを考えない肉食性のモノが感じられて仕方が無い。口説く対象が既婚者である事も全く意に介していないようだ。
「それって、もしかしてレズビアンってことですか?」
「その通りだけど、ハッキリとそう言われるのはキライよ」
「まあまあ、お友達の前だからって恥ずかしがらなくてもいいですよ。そんな分かり易いウソをつくなんて、サチコさんはなかなか可愛いらしいところがありますね」
「ウソ? なんでウソって思うの? 世の中、あなたの思うような女ばかりじゃないわよ」
「いやいや、どんな女性にも、その人なりの魅力がありますよ。サチコさんもシホさんも、まず容姿が美しい。出来れば内面の美しさも知りたいものです。その為には、やはり食事を共にするのが一番なんですよ」
「その気は無いって言ってるでしょ?」
「同性趣味のことですか? 気にしないで下さい。私は気にしませんから」
あきれた事に、男には話が全く通じなかった。あるいは、どんな女でも落とす自信があるのだろうか。意図して受け流しているのか、女性が自分の誘いを断るはずが無いと思っている表情だ。本当は一緒に居たいと思っているが、断っているのは既婚者だから、と思い込んでいるに違いない。どうにも面倒臭そうな相手だ。油断すると腰や肩に手を回してきそうだ。
「残念ね。さすがに恋人の目の前で浮気になるような話はしたくないわ」
「……は?」
男はシホに視線を向けた。
「私いま、シホと付き合ってるの」
サチコは傍らに立つシホの腰に自分の腕を回した。競泳水着越しにもわかる豊満な乳房がシホの身体に押し付けられる。
「本当に? ……でもサチコさん、普通に結婚してるんでしょ?」
「馬鹿な人、偽装結婚に決まってるじゃない。あなたみたいな人を避ける為よ。全然効果が無かったけど。アタシの恋人はこのシホだけよ。シホ以外の人と二人になるなんて考えられないわ」
そこで男は一瞬視線を外すと、何かに気付いたように話を打ち切った。
「まあ、今日はそのお友達、失礼、恋人と一緒ですしね。また、お一人の時にでも声を掛けますよ」
恋人の目の前で堂々と寝取り宣言とも取れるセリフを残し、白い歯と爽やかな笑顔を向けつつ男は去っていった。
男の話の通じなさに毒気を抜かれた二人は、しばらくの間、昼の光を反射する水面を眺めていた。
先に声をかけたのはシホだった。
「……偽装結婚だったの?」
「そんな訳ないでしょ!」
「分かってるわよ」
「それにしても、しつこいったらありゃしない」
「食事くらいなら、いいんじゃない?」
「なんか、あの男の視線が生理的にダメなのよ。だいたい、食事だけで済むと思う?」
「まあ、どー考えても下心満載よね。一歩引いたら二歩踏み込んでくるわ」
憤懣やるかたないといった様子で、シホは形の良い乳房を持ち上げるように腕を組んだ。
「ま、最悪、ジムに苦情を入れればいいでしょ。自分の職を天秤にかけてまで危険な女漁りに夢中になるはず無いし」
「そうね……。ふふん、でも、ちょっとスイッチが入っちゃったみたい……」
サチコは左手でシホの腰を抱きながら右手の指先を立て、脇から腰に五本の指を這わせた。そのまま軽く抱くような体勢で恋人の豊かなお尻に指を這わせ続ける。
「競泳水着って、やっぱりエッチよね。シホの身体がとっても美味しそう」
「それって、オッサン発言よ」
「だって……、こんなに触り心地が良いんだもの」
「んふ……、さすが、バイオリニスト……、相変わらず指使いがいやらしい……。でも、さすがにここじゃ人目が有りすぎよ」
目の前のプールでは、何人かの男女が勢いよく泳いでいる。
シホは自分の胸に手を当てた。呼吸が少し荒くなってきているのが感じられる。
「……この時間なら、シャワールームには誰も居ないかな?」
二人が平日の午前中にジムの予約を入れているのは単に空いているからだが、時々誰も居ないロッカールームやシャワーブースで、スリルのある淫らな行為に耽る事がある。
「じゃ、キスだけ」
シホは仕方ないと言った表情で腰をかがめ、簡易ベッドに横たわる恋人と軽くキスを交わした。
そばにいた女性のインストラクターが驚いて目を剥いていたが、二人は気にしなかった。