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秘め事の系譜 シホ
【同性愛♀ 官能小説】

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恋人との日常-3

「大丈夫かしら……」
 自分の不意打ちのキスで娘がのぼせ上がったように見えたが、そのせいで事故に会わないかと一抹の不安がよぎった。だが、それも一瞬のことで、シホは沸きあがる感情を押さえつけるように自分の両腕を抱きしめた。ざわつく熱い感情が胸の奥から溢れ出してくる。
「んーっ! 可愛い! レイナったらなんて可愛いの!」
 玄関先で悶えていたシホは手早く朝食の片付けを済ませると、すぐさまスポーツクラブに出かける支度をした。早く身体を動かしてしまわないと、娘に対する想いで弾けてしまいそうだ。

 シホが向かったのは、郊外にある大型のスポーツ施設だった。海外にもいくつかチェーン展開をしているスポーツクラブで、平日の午前中などは有名スポーツ選手や実業団チームが貸切で使用している施設もある。
 シホは月毎に定額を支払っているVIP会員で、貸切で無い限りは全ての施設を無制限に使用できる。一般会員とは区分けされたロッカールームやラウンジ、シャワールームやサウナが有り、マスコミやフリーの記者などの招かれざる客をシャットアウトしたい著名人が利用しているのだ。
 駐車場に車を入れたシホは、入口にセキュリティチェックのある専用の直通エレベーターでVIPフロアに上がり、ロビーで待つサチコを見つけ出した。
「お待たせ、サチコ」
「……」
「なに?」
 読んでいた雑誌をバッグにしまったサチコはシホの前に立つと、何を言うでもなくじっと見つめてきた。
「なんか良いことでもあったの、シホ? すっごくだらしない顔してるわよ」
「うそ、ホント? そんなにだらしない顔してる?」
 シホは両手で頬をパンパンと叩き、表情を引き締めた。だが、どうやら上手くいっていないらしい。いぶかしむサチコの表情は変わらなかった。
「ええ、クリスマスとお正月がいっぺんに来たみたいな顔よ」
「むー」
 シホはロビーを見渡し、自分たち以外の利用者がいないことを確認した。
 フロントにはメガネにポニーテールの可愛らしい従業員がいて、俯いて何かに書き込んでいるだけである。
 着替えやタオルを入れたバッグを床にドサリと放ったシホは、サチコの両頬に手を添えると、恋人の唇に軽くキスをした。
「ん……」
 舌を絡ませることも無い、本当に唇を重ねるだけの、挨拶のような軽いキスだった。
「いったいどうしたってのよ。朝から違う汗でもかきたいの?」
「違うわよ。さ、行きましょ」
 シホはサチコに何も説明しなかったが、サチコもそれ以上シホに何も聞かなかった。
 二人はともに隠し事をするような関係ではない。今は話さなくても、いずれ時がくれば話をするのはお互いに分かっているので、サチコも根掘り葉掘り聞くようなことはしなかった。
 バッグを片手に、二人はフロントに向かった。

 ロッカールームで競泳用の水着にスイムキャップを身に着けた二人は、バスタオルとロッカーの鍵を持ってプールへと向かった。グラマラスな身体にピッタリとフィットした水着姿の美女二人が並んで歩く様はなかなか壮観で、男女問わず振り返る者は多い。
 五十メートルでコースが八つあるスイミングプールは純粋に練習用のものである。壁面に大きなタイマーなどがあるが、観客席のような設備は無い。片面は窓になっており、午前の明るい太陽が差し込んでいた。反対側は壁になっており、フロア一つ分上にラウンジがあって、プールが見下ろせるようになっている。モーニングコーヒーを片手に、スレンダーな水着の女性を眺めている客が何人か居た。
 日差しが水面にまぶしく反射する中で、普段よりも本数を多く泳いだシホの身体は、心地良い疲労感に浸っていた。健康的に身体を動かして、娘に対する邪な欲望は一時脳裏から消え去っていた。
 しばらくは調子よく身体を動かしていたが、連続で泳ぐとさすがに疲労が激しくなってしまう。シホとサチコは適度に休憩を取りながら、およそ二時間ほど身体を動かした。
「そろそろ上がる?」
「そうね」
 プールから上がり、スイムキャップを外したシホは濡れる髪を広げた。軽く頭を振って水気を落とすと、プールサイドの簡易ベッドに置いたバスタオルを手に取る。
「飲物でも取ってくるわ」
 二人はいつもペットボトルの飲料をカバンに入れてジムに来ている。シホに負けず劣らず見事な身体を簡易ベッドに横たえるサチコを見ながら、シホはロッカールームへと向かった。

「やあ、シホさん。今日も良い泳ぎっぷりでしたね」
 二人分の飲物を持ってシホが戻ってきた時、サチコの傍らに一人の男が佇んでいた。羽織っているパーカーから、このジムのトレーニングスタッフである事が分かる。腹筋が自慢らしく、パーカーを羽織ってはいるが、ジッパーは締めずに割れた筋肉を晒していた。短めに刈り上げた髪。爽やかな笑顔。健康的に日焼けした身体。おそらく普通の女性なら、この男に強烈なセックス・アピールを感じるのだろう。黙っていても、自分の方から声をかける女も多いに違いない。
「また、あなた? しつこい人は嫌われるわよ」
「酷いなあ。こっちは丁寧に誘っているのに」
 半身を起こして無言のままバスタオルで髪を拭いているサチコに、男はいつものように熱心に話しかけていた。
 サチコはしばらく前から、ジムに来るたびにこの男から食事の誘いを受けていた。既婚者であると言って断っていたのだが、食事くらいならと何度も声をかけてきている。サチコが離婚したのはかなり前だが、男避けに左手の薬指には銀色のリングが光っていた。だが、それも目の前の男には効果が無いようだ。
「ごめんなさい、この際だからハッキリ言うけど、私、男性には興味が無いのよ」


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