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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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姿無き軍師についての記述。-3

 ソファの背にかけてあった黒いコートを羽織る青年に、ヴェルナーは手を軽くあげた。
「また近いうちに。しばらく、“出稼ぎ”には行かないのだろう?」
「ええ。当分は錬金術ギルドで開発に専念しますよ。傭兵だけで稼げる時代も、いずれ終わるでしょうしね。」
「ああ。」有能な国王は、思慮深げに頷く。
「僕としては、石炭を燃料にした鉄の馬なんて、面白そうだと思いますがね。蒸気で動かす事のできる、巨大な移動手段です。」
「鉄の馬?」
「石炭なら、この国でも豊富にとれるでしょう?」
 しばし、ヴェルナーは頭の中に奇妙な物体を空想したが、笑って打ち切った。
 開発は錬金術ギルドの仕事。
 王は王の管轄をしっかりこなす事に専念すればいい。
「では、我が国の未来に、ウロボロスの加護があらんことを。」
 黒いコートの後姿に、声をかけた。
「さぁ?」
 肩越しに少し振り向いて、ヘルマンも整った美貌に笑みを浮べる。
 そして誰にも気づかれず、猫のようにしなやかに部屋を出て行った。

「ーーあいかわらず、喰えない叔父上だ。」
 一人残ったヴェルナーは、苦笑して肩をすくめた。
 彼自身が、周囲からはよく『喰えないヤツ』と評価されるが、あの人の……『姿なき軍師』の域には、遠く及ばない。
 これは代々、フロッケンベルクの王だけに知らされる秘密だった。

 『姿なき軍師』が、いつもその手紙を持ってくる、ヘルマン・エーベルハルト本人だという事は。

 しがない錬金術師と、全軍の最高指揮権をもつ軍師、彼は二つの顔をもっているのだ。
 筆跡を変えた手紙に必要な事を書き、ヘルマンは持ってくる。
 だが、決して彼は自分が『姿無き軍師』だとは口にしない。
 そして王も、それを尋ねる事は許されない。
「……。」

 ヴェルナーは無言で、暖炉の上にかけられた、タペストリーを眺める。
 フロッケンベルク王国の国旗だった。
 濃い青地の中央に、王家を象徴する白鳥が描かれ、自分の尾を食べている一匹の黒い蛇が、自身で作った輪で白鳥を守るように取り囲んでいる。
 錬金術の基礎知識があれば、誰でもこの蛇が何かわかる。
 万物を象徴するウロボロスだ。
 ただ、このウロボロスの姿は、後から追加されたものだった。建国当初、フロッケンベルクの国旗に描かれていたのは中央の鳥だけだったのだ。
ウロボロスが描かれるようになったのは、百年ほど前の事だった。
 タペストリーを眺め、ヴェルナーは王位を継ぐ際、病床の父から聞かされた、遠い昔の物語を思い出した。



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