投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 56 氷炎の舞踏曲 58 氷炎の舞踏曲の最後へ

姿無き軍師についての記述。-4

 口伝えにしか伝えらない事なので、多少は脚色されているかもしれないし、憶測も多分に入っているだろうが、ヘルマンとフロッケンベルク王家の数奇な関わりは、こうだった。
 始まりは、百五十年以上も昔。フロッケンベルク十四代目の国王の時代だ。
 ヘルマンは、王の側室の子として産まれた。
 母親は、側室とはいっても、他に身よりも無い平民の女性だった。雪よりも白い肌をした、抱きしめれば溶けてしまいそうなほど、華奢な女性だったらしい。
 古の大魔女の血を引いているという噂もあったが、定かではない。口数の少ない静かな性格で、妖精のように幻想的な自身の美しさをを誇示する事もなかった。
そのせいで王は、彼女を一時熱愛したものの、すぐに飽きてしまった。
 それでも彼女が身ごもったと聞いた時は喜んだが、身分の高い貴族出の王妃も、ほぼ同時に身ごもっていたため、ゴタゴタを嫌い、彼女の元へ足を運ぼうとはしなかった。
 彼女はそれに不満をもらすでもなく、ひっそり男児を出産した。そして、夏に溶ける静かな雪のように、出産と同時に息を引き取った。
 王妃も数日前に王子を出産していたので、国中の関心は全てそちらへ向かい、王の側室だった女性の亡骸は、誰にも弔われる事無く、ひっそり埋葬された。

 王は、側室の子どもを酷く扱うつもりはなかった。
 一応は自分の子どもだ。ヘルマンと名づけ、嫉妬深くヒステリックな王妃を刺激しないよう、離宮の一角で育てるようにと、命じた。
……それから数年。
 実のところ、王はヘルマンの存在を殆ど忘れかけていたし、他の誰も、王の眼中にない側室の子をかまったりなどしなかった。
 だから、六歳になる王妃の子のために、新しい家庭教師を選んでいる時、ふと王がヘルマンの存在を思い出し、読み書きくらい覚えさせようと思ったのは、ほんの偶然だった。

 側室の男児を連れてくるように言われ、大臣達は少しまごついた。
 何しろ、離宮はもぬけの空だったのだ。
 調べてみると、ヘルマンの乳母はとっくに田舎へ帰っており、その後は何人かの召使の間をたらいまわしされたようだが、はっきりしない。
 全てにおいて過保護すぎる王妃の子と比べ、非常にないがしろでいい加減な扱いをされていたようだった。
 王宮中を探し回った結果、ほとんど使われていない古い書庫で、その子どもは見つかった。
 うず高い本の山に囲まれ、古い魔術書を静かに眺めていた男の子は、自分がヘルマンだと認めた。
 艶やかな黒髪と紺碧の瞳も、雪白の肌も繊細な顔立ちも、側近の僅かな記憶にある側室の女性に生き写しだった。
 とても美しく整った顔立ちをしたその子を、見かけた覚えのある者もいた。だが、いつも誰なのか、はっきり知らなかったのだ。
 何しろ王宮には、何百人も使用人がいるし、その子ども達も沢山いる。その一人だと思っていたと、口々に使用人たちは言った。
 驚いた事に、ヘルマンは幽霊のようにひっそりと、誰からも庇護される事無く、王宮の中でたった一人で暮らしていたのだ。
 この書庫の中に住み、食事や着る物なども、使用人の子ども達に支給されるものを、こっそりまぎれて貰っていたらしい。

 家庭教師に呼ばれた学者は、そんな奇妙な子どもに少々驚いたが、どの程度から始めたら良いか、いくつか質問をしてみる事にした。
 そして一時間後、真っ青な顔をした学者が、王の元に飛んできた。
『私は、あの子に何か教える事はできません。』震える声で、学者は訴えた。
『彼は、私よりもはるかに深い知識をもっております。彼より賢い人間を、私は知りません。』
 王宮中が、騒然となった。
 しかもすぐに、ヘルマンが優れているのは学識だけでない事が判明した。
 武術においても並外れた才覚を顕し、その他何でも、全てをプロ顔負けにこなした。
 その話はまたたくまに広がり、皆がヘルマンを一目みようと騒ぎ立てた。

 ヘルマンからすれば、迷惑このうえない話だった。
 静かな書物の世界から引き摺りだされ、珍妙な生物のように好奇心にさらされる生活が始まったのだ。
 そのうえ、我が子の権利を奪われると恐れた王妃は、あらゆる嫌がらせを開始した。
 一ヶ月もしないうちに暗殺者を仕向けられ、ヘルマンは大怪我を負わされる羽目になった。
 しかも、表向きは心配そうな顔をして見舞いにきた人間が、王妃の前では、彼が死ななかった事を残念がって見せている事も知った。
 もともと人に対して抱いていなかった“親しみ”というものを、彼はより感じなくなっていった。
 周囲の人間は嘘つきだらけで信用ならなく、醜かった。
 今までずっと寄り添っていてくれた書物は、嘘などつかなかった。
 たまに間違った事も書いてあったが、それは著者の責任だ。
 少なくとも、相手によって中身を偽って見せたりはしない。ただ平然と、文字の羅列という事実だけを与えてくれる。

 あの静かな世界に、戻りたかった。

 だが、何でもできた彼にも、それだけは不可能だった。
 書庫は王妃の命令でとっくに壊されていたし、王はすっかりヘルマンを気に入り、宮殿を出るのは許さなかった。
 王位を継がせようとまで思っていたのだ。
 王の血筋。という血の鎖は、嘘とお世辞と陰謀にまみれた宮廷の生活にヘルマンを縛りつけ、静かに彼の心を凍らせていった。

 時が経つにつれ、その氷は厚みを増し、容姿端麗な青年へと成長した頃には、硬く冷たい永久凍土も同然になっていた。


氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 56 氷炎の舞踏曲 58 氷炎の舞踏曲の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前