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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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姿無き軍師についての記述。-2

「王というのは、困った立場だ。思う存分チェスの試合をしてくれる相手すら、見つけるのが困難になる。」
 チェス盤の上で熾烈な戦略を駆使しながら、ヴェルナーは苦笑する。
 ここは彼の私室で従者もおらず、国の代表である国王の立場から、ただのチェス好きな“ヴェルナー一個人”へ戻れる、数少ない場所だった。

 そう広くもないが、北国の城らしく、大きな暖炉と厚い二重ガラスの窓があり、床にもふかふかのカーペットが敷かれて快適さを保っている。
『姿なき軍師』から、報告書を受け取ると、たいていいつもヴェルナーは、その手紙をもってくる錬金術師の青年をこの部屋にひっぱりこんで、チェスの相手をさせている。
 ヴェルナーはチェスの名手だったが、たまに彼と同じくらいの名手がいても、相手が国王という事で、どうにも萎縮されてしまうのが、悩みの種だった。
 その点、この青年は違う。
 相手がヴェルナーであろうと、いつも情け容赦は一切せず、思う存分に戦ってくれる、貴重な相手だ。
 王に即位して以来二十年余り、何度と無く彼に勝負を挑んだが、残念ながらまだ一度も勝った事はない。
 しかし、手加減されて勝つくらいなら、思う存分叩きのめしてもらったほうが、痛快というものだ。

「叔父上も、気楽な立場ばかりに浸っていないで、少しは高い地位を持って、気苦労なさるがいい。錬金術ギルドは、もう少し有能な幹部を探している。」
 国王に『叔父上』と呼ばれる青年は、どうみても言った当人よりはるかに年下だ。
 それに正確に言えば、青年はヴェルナーの叔父ではない。
 しかし、父の伯母の祖父の異母弟……などという相手を表す言葉は見当たらないので、手っ取り早く『叔父上』と呼んでいるのだ。
「君を満足させるのは、この部屋の中だけで十分です。欲張ってはいけませんよ。」
 鮮やかな戦略で駒を奪い取りながら、青年……ヘルマンは、にこやかに微笑む。
 この部屋で交わされる会話は、大抵いつもこんな調子で、ずけずけ遠慮がない。

「君のお子さんも、チェスに興味を持ち始めたそうじゃないですか。若い芽が育つのを、楽しみに待てばどうです?」
「私は親バカだから、我が子の才能に期待しているが、少々気の長い話になりそうだ。」
「歳をとると、時間の流れなんて、あっという間ですよ。」
「あっという間……か。」
 ヴェルナーが、苦笑する。
「叔父上が異国に出ずっぱりだった十八年は、長く感じたがね。いたいけな少年王だった私は、貴方が数年に一度帰国するのを、どんなに待ち望んでいた事か!」
 大げさに両手を広げて嘆いてみせたが、容赦ない叔父上には、大した感銘は与えられなかったらしい。
「そういうセリフは、射止めたい女性に向けるべきですよ。」
「女性は妻だけで十分。彼女は私の女神だ。」
 ヴェルナーは力説する。
 彼は有力貴族の娘と政略結婚をしたが、夫婦仲は非常に円満で、寵姫をつくる事も無く、一男二女に恵まれ、家庭はすこぶる順調だ。
「君は掛け値なしに有能な国王ですが、ノロケを聞かされるこちらの苦痛を慮ってくれれば、申し分ありませんね。」
 肩をすくめ、ヘルマンはポーンの駒を奪い去る。
「僕はしがない錬金術師です。ギルドの勅命とあらば、どこにだって出向きますよ。」
「当初の予定では、カダムに国を乗っ取らせて、ある程度安定したら、他のものに任せて叔父上はさっさと帰国する予定だったのでは?」
 ヴェルナーの眼が、少しだけ政治家の色に戻る。
「そしていずれはシシリーナの力を強め、イスパニラを叩く。最初はそういう真逆の計画だったと、錬金術ギルドからは聞いているが。何しろイスパニラは、少々力を持ちすぎている。」
「……イスパニラとシシリーナ、どちらから報酬をとろうと、同じことです。予定と同等の収入は得ました。」
 まるで動じない様子で、ヘルマンは駒をしなやかな指に挟む。
「それに、かえって好都合かと思いますね。カダムを王に据え続けるより、今後シシリーナは、イスパニラにとって更に強力なライバルになるはずです。」
「ソフィアは、イスパニラ王の娘だろう?」
「今は、シシリーナの女王です。」
 チェス盤に視線を向けたまま、ヘルマンはこともなげに答えた。
「娘が父に歯向かうなど在りえない。などと、信じているとしたら、認識が甘すぎますよ。」
「不仲だったのか?」
「彼女は聡明ですから、露ほども表には出しませんがね。」
「ほぅ…」
「かといって、ソフィアが故国に面と向かって戦を仕掛けることも、まず無いと思いますがね。彼女は流血を好みませんので。」
「ふぅむ。……鉄と火薬だけが武器では無い。叔父上がいつも言っている意味かな?」
「ご名答です。さすがは優秀な甥っ子ですね。」
 盤上で、白と黒の駒達が、無血の無機質な戦いを繰り広げる。
「シシリーナは貿易大国です。世の中の流れをよく掴んでうまく立ち回れば、経済で大陸の覇者になることも可能です。」
「ソフィア女王とは、一度パーティーで話しただけだが、アイリーン・バーグレイと気が合いそうな御仁だったな。」
「……それより、ヴェルナー。」
 不意に、ヘルマンがニコリと満面の笑みを浮べる。
 それはどことなく、何かをはぐらかすような性急さも帯びていた。
 ナイトの駒が、小気味のいい音を立てて盤に置かれる。

「油断しましたね。チェック・メイト。」

「あっ!」
「くく……。それでは、失礼しますよ。」
 低く笑ってチェス盤をしまい、ヘルマンは立ち上がる。


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