第26話 ひとりぼっち-2
慶は睦美の懐に、勢い良く抱きついた。
睦美は勢い余り、そのままベッドに腰を下ろすと、慶はその膝元で、子供のように泣きじゃくった。
「うっうっ・・・僕を置いて行かないで・・・一人ぼっちにしないで・・・母さん・・・母さん・・・母さん・・・。」
『母さん・・・母さん・・・・・母さん!・・・・・。』
5年前の、とある病院の一室。
ベッドの上で、息を引き取ったばかりの母親に抱きついて泣きじゃくる慶が居た。
その姿は、学校の制服のブレザーを着ており、授業中に突然の事故を聞いて駆けつけた為だった。
そして回りには、医師と看護婦が居た。
ガチャッ・・・・
「陽子・・・・・。」
そこに、背広姿の父親の仁志が入ってきた。
自分の連れ添いの変わり果てた姿に、呆然としていた。
仁志は、母親の胸元で泣き崩れてる慶に近づいて行き、肩に手を置いた。
「なんだよ今頃・・・母さんは、さっき死んだよ・・・・・。」
慶は、仁志を睨みつけるように話した。
「すまない・・・どうしても手が離せない仕事が入って遅くなった・・・・・。」
その時、仁志には、社運を掛けたプロジェクトの会議があり、どうしても席を外す事が出来なかった。
身内の死に目にすら会う事の出来ない、大企業ならではの定めだった。
「父さんはいつもそうだよ・・・仕事・・・仕事って・・・・・。母さんが苦しんでる時も仕事って、可笑しいだろ!?・・・・・・。さっきまで、母さんは生きてたんだよ!?・・・・・・。会いたくなかったの!?・・・・・。母さんに会いたくなかったの!?・・・・・。」
「なあ慶・・・分かってくれよ・・・父さんだって、お前達の幸せをと思って一生懸命働いてるんだよ・・・・・。もちろん、母さんの事だって凄く心配してた・・・・・。でも・・・まさか、死ぬほど酷いとは、夢にも思わなかったんだ・・・・・。」
それは、誰にも予測する事の出来ない、突然の交通事故での死だった。
それでも慶は、最後まで家庭を顧みる事の無い仁志に、実の父親でありながら憎しみさえ覚えた。
「幸せってなんだよ?・・・父さんの願う幸せって何だよ?・・・・・。いつも、僕や母さんの事なんて何も見てなかったじゃないか・・・こんな時だって・・・・・。最後くらい、母さんの事を見てやれよ!・・・・・。」
慶の父親に対する思いは、帰らぬ母親を目の前に非情だった。
その思いを断ち切るかのように、安らかに眠る母親の方へ視線を送ると、胸元で再び泣いた。
『母さん!・・・母さん!・・・母さん!・・・・・。』
母親との別れを思い出した慶は、睦美の膝元で泣いていた。
別れ話を切り出された事により、悲しみと共に溢れ出てしまったのだ。
それは、睦美に対する母親像が、再び重なり合った瞬間でもあった。
睦美の事を愛するが故に、断ち切った母親への思いは、綻びとなって解れてしまったのだ。
それは、自分の事を母親呼ばわりする睦美にも、何となく実感していた。
そして、膝元て泣きじゃくる慶が不憫に思えて、再び母性が蘇ったのだ・・・・・。