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「ふたつの祖国」
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前編-5

「この捜査で、他所の組織へリークする心配は?」

 懸念する島崎に対し、佐野は口許に苦笑いを浮かべた。

「何事も100%安全なんてありません。でも、極めてその心配は無いと言えます」
「その根拠は?」
「我々との繋がりを他に知れた場合、彼等は非常に危険な立場に陥ってしまいます。
 先ず、安全を確保して事に当たるでしょうし、我々としても、こんな事で彼等を失うわけにはいきません」
「こんな事って、どういう意味だッ!」

 棘のある言い回しに、傍で聞いていた鶴岡が咬み付いた。
 しかし、佐野は鶴岡を一切無視して島崎を見据えた。

「我々は、長い時間を掛けて情報屋を作り出します。そこにあるのは信頼関係です。
 危険と解れば保護しますし、その後についても出来うる限り面倒を見ます。
 あなた方と違って、安易な使い捨てとして扱っていないんですよ」

 強烈な皮肉であった。
 しかし、島崎には佐野の言い分が解る気がした。
 情報屋と警官の関係は、金ではない。信頼し合ってこそ成り立つ物だ。
 そうでなければ、長年に渡って組織を謀る事など出来ない。
 それを横から掠め取る様な真似をする強行犯係に、苦言を発したくなったのだろう。

「佐野班長。どうだろう?その捜査、我々も同行させてもらえないだろうか」
「えっ?」

 信頼は自分達警官とて同様だ。
 二つの班が合同でひとつの事案に当たる。お互いが異質なままでは信頼など生まれないばかりか、犯人にまで辿り着けない。
 垣根を取り除くべきだ。

「善波と藤沢を、加えてもらいたい」
「こっちはいいんですか?」

 佐野は鶴岡を指差した。

「こいつは、まだ同行出来る程の技量もないんでな。却って迷惑を掛けてしまう」
「そ、そんな言い方しないで下さいよ!」

 冗談とも付かぬ言葉に、鶴岡は顔を引き攣らせる。

「それを含めてやらせないと、いつまで経っても一本立ちしませんよ。私が引き受けましょう」
「すまんが頼む」

 島崎が佐野に頭を下げた。
 自分が率先して行動で示す事が、部下逹に置かれた立場を把握させるのには手っ取り早い。

「ほらッ!あんたはこっちよッ」

 岡田かほりが、鶴岡の襟首を掴んで引き寄せる。

「たっぷり仕込んであげるから、覚悟なさい」
「女なんかに仕込まれるかよ!」

 鋭い双眸で睨める岡田に、鶴岡も負けじと睨み返した。
 島崎と佐野は、そんな光景を微笑ましげに見つめている。

「ああ、それと──」

 佐野がおもむろに言った。

「島崎班長。今後は貴方がリーダーです。だから、私を呼ぶのに班長は要りませんから。
 呼び捨てでも君付けでも構いませんが、班長は勘弁して下さい」
「分かった」

 佐野の優しい心遣い。島崎はありがたく承諾した。

「ところで、島崎さんの方はどうするんです?」

 鶴岡が訊いた。

「ひとつ、当たってみたい点が有るんでな。そっちに出向くつもりだ」
「えっ!それって何なんですッ」
「俺の事より、お前は岡田さんに教えてもらうんだぞ」
「そうよ!あんたはこっちッ」

 詮索が過ぎる鶴岡を、岡田が再び引っ張って行った。
 捜査から十日目。捜査本部に初めて笑い声が挙がった。






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