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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-6

 その日の午後

 捜査本部の設けられた警察署から、車で東へ一時間程の距離にある〇〇霊園。
 小高い丘を切り開いて造成した土地に、百基余りの墓碑が整然と並んでいる。
 眼下には海岸線が広がり、此処から望む景観の美しさをいつでも愛でられる様にと、全ての墓碑が面を海側に向けていた。

 そこに島崎の姿があった。
 手桶と線香、それに花束を傍らに持ち、先へと続く石畳の路を歩いていた。
 ある墓碑の前で島崎の足が止まった。
 周りのと比較して、ひと回り小さな墓。面には、“左倉家ノ墓”と刻まれている。
 無言で見つめる島崎の眼差しには、哀感が漂っていた。

(もう、あれから四年か……)

 木桶の水で墓碑を清め、献花と線香を上げて手を合わせる。島崎の脳裡に、二十ニ年前の記憶が甦ってきた。

 墓に永眠る左倉和樹とは、島崎が刑事になって配属された部署の先輩であった。
 五歳年上と年齢も近かった事もあってか、仕事のみならず、私的な事でも相談出来る存在だった。
 島崎が左倉と仕事をしたのはニ年足らずと短い期間だったが、自分の刑事人生を決定づけてくれた大事な恩人である。
 その左倉は、不幸な出来事によってこの世から去ってしまった。
 以来、島崎は、命日になると必ず此処を訪れていた。

 故人を偲ぶ島崎の耳に、石畳を叩く靴音が聞こえた。
 目を開き、音のする方へと視線を投げると、初夏のという季節の中で、濃色の背広を身に纏った男が墓碑へと近付いてきた。

「お久しぶりですね」

 男が、島崎に声を掛けた。

「今年も、お会いしましたね」

 島崎も、男に挨拶を返す。
 旧知の仲と再会した様な互いの仕種。事実は、挨拶以上の会話をしたのは一度しかない。
 なのに、二人共、相手が何者なのかを知っているという不可解さ。

 男の名は松嶋恭一。

 八年前まで、警視庁公安部外事ニ課のエース。
 現在は公安を辞めて探偵業を営んでいる──男に対して、島崎が知る全ての情報。

 松嶋と初めて出会ったのは四年前。左倉の元妻、幸子から納骨の連絡を受け、この場所に出向いた時である。

「貴方も、左倉さんと同じ一係ですか?」

 参拝を終えて、幸子へ哀惜を告げる島崎に対し、不躾な質問をぶつけて来たのだ。

「何だ、君は?場所柄をわきまえろ」
「こりゃ失礼。つい、気になったもので」

 松嶋は、それだけ言って帰ってしまった。
 その直後に幸子の口から、松嶋が左倉が起こしたとされる不祥事は、警察が作り出した策略である事を突きとめ、彼の名誉を回復してくれたのだと聞かされたのだ。
 この一件がきっかけで、松嶋という男に興味を持った島崎は、暇を見つけては彼に関する情報を集めた。
 しかし、松嶋が何故、公安を辞めたのか等、関連する情報の一部は既に抹消され、当時を知る関係者に訊ねても誰も口を開こうとしない。
 その事が却って、島崎の中にある松嶋像を不気味な存在だと結論付けていた。


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