前編-12
「なあ、もうひとつ貰っていいか?」
仲間内でも一番若く見える長髪の男が岡田に訊いた。
「どうぞ。全部あなた逹に持って来たんだから」
「き、期限切れじゃない弁当なんて……二年ぶりだ!」
「最近は、弁当もくれなくなっちまったからな。久しぶりだッ」
男逹は、そう言って笑った。隙間だらけの黄色い前歯が目についた。
脂ぎった顔と塗り固めたような髪。指の皺や爪は、汚れが染み着いて黒くなっていて、何より臭いが酷い。
鶴岡は目を背けたくなった。
しかし、岡田は笑顔を絶やさず、じっと彼等と向き合っている。
「俺は酒ば貰うよ」
先程の前頭部の禿げた男だ。言葉に少し訛りがある。
久々の酒なのだろう。男は日本酒の四合瓶を、らっぱ飲みで呻った。
アルコールが回り、色黒の肌が、みるみる赤銅色に染まっていった。
「美味かあ!腸の痺るるごたるッ」
酔いが回った男の言葉遣いが、明らかに九州地方の方言へと変わった。
「こげん飲むとは久しぶりたい!」
先程までの不機嫌さは姿を潜め、饒舌さが目立ち始める。
岡田は、この男に託してみようかと考えた。
「九州なんですか?故郷は」
「おお。俺は球磨の方たい」
男は一本目の日本酒を飲み終えると、間を置かずに袋から焼酎の瓶を取り出そうとしていた。
「球磨地方って、球磨焼酎や川下りが有名ね」
「知っとうとな!あんた」
「ええ。旅行で一度行った事があるの」
偽りであった。岡田はずっと以前、熊本県警に所属していた事があったのだ。
しかし、男の心を開かせるのには、それでも充分だった。
「教えて欲しい事があるんだけど」
「何な?俺の知っとう事な」
「此処に、正ちゃんって愛称の男が居ると思うんだけど?」
「ああ。彼奴なら此処やなかばい……」
男の話によれば、正ちゃんという男は、〇〇地区近くにある橋の下に住んでいると言う。
「ありがとう。行ってみるわ」
岡田達は、浮浪者逹と分かれて教えられた場所へと向かう為、車に乗り込んだ。
夕闇が迫ってきた。急がないと、本人が“仕事”に出掛ける可能性がある。
「飛ばしますよ!」
鶴岡は、そう言ってコンソールのスイッチを押した。収納式の回転灯が屋根に現れ、サイレンが鳴った。
アクセルを踏みつけた。タイヤが空転し、車を前へと蹴飛ばした。
加速によって、背中が座席にへばり付く。
「ちょっと!鶴岡ッ」
「大丈夫!現場の途中までですからッ」
夕方の混雑した道を、一台の特殊車両が猛スピードで駆け抜けて行った。