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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-11

「此処です……」

 草臥れたスウェットを着た鶴岡と、粗末なトレーナーとジーンズ姿の岡田が乗った特殊車両は、空港傍を走る道路から程近い場所の、雑木林の入口に停まっていた。
 空港の調整区域。住宅街付近にある空港では、万が一の事故を想定して、周りの環境から隔離する区域を設けてある──言わば、緩衝地帯を。
 雑木林の奥を窺い見ると、板材や段ボール、ビニールシートを組み合わせて作られた粗末な小屋が、並んで建っているのが確認出来た。

「名前は判りますか?」

 運転席の鶴岡が、後部座席に向かって声を掛けた。
 そこには、薄汚れた作業服を身に纏った三十歳過ぎの男が座っていた。
 男は、〇〇工業の社長、長門に紹介された坂上という従業員だった。

「いえ。唯、仲間内では“正ちゃん”と呼ばれてる男です」
「年齢や身体的特徴は?」

 鶴岡の問いかけに坂上は、空中を仰ぐような目付きになった。

「ええと。髪は殆ど白髪で後ろにまとめていて……」

 営業廻りという職業柄か、坂上は身体的特徴を次々と挙げていった。鶴岡は、それらをメモに書き留める。

「それでは、参りましょうか」

 ひと通りの話を聞き終えたところで、岡田が先を促すと、鶴岡は頷き、坂上を車外へと連れ出した。
 岡田も車外に出て後ろに廻り、トランクを開けた。
 中には、荷物で大きく膨らんだビニール袋が幾つかあった。
 鶴岡を先頭に、三人は林の奥へと足を踏み入れた。
 空港の敷地が市有地である為か、自然公園等に利用した方が有意義なのでは思わせる程、下草の刈り込みや枝の剪定等の手入れが行き届いている。

「彼処ですね」

 小屋の傍には、何処かで拾って来たブロックを積み重ねて拵えた焜炉があり、その周りを数脚の椅子が円く配置され、数人の浮浪者が座って談笑していた。

「どうです?」

 鶴岡が目当ての男が居るかと訊ねるが、坂上は首を横に振るだけだった。

(やはり、直接訊く方が早いか……)

 岡田は意を決し、ビニール袋を持って浮浪者の下へと足を進めた。

「こんばんは!」

 女性の声に、談笑は一気に冷めた。変わって猜疑に満ちた幾つもの双眸が岡田を捉える。

「お前……市の職員か?」

 一人の男が訊いてきた。
 色黒く、前頭部が禿げ上がっている。

「違うわ。あなた逹に、訊きたい事があるの」

 岡田はそう言うと、ビニール袋を彼等の前に置いた。

「お近付きの印よ。どうぞ」

 袋の中には、弁当や酒類が詰まっていた。
 浮浪者逹は、一斉に群がった。各々が弁当や酒を掴み、貪るように口にした。
 誰も何も発しない。一心不乱に空腹を充たそうとする姿を目の当たりにして、鶴岡は圧倒された。
 対して岡田は、浮浪者逹の傍らにしゃがみ込み、彼等の貪り食う様子を黙って眺めている。


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