第23話 裸婦画-1
数日後の昼下がり、とある大学内の食堂。
二人の中年の男が、テーブルを挟んで、コーヒーを飲みながら会話をしていた。
一人は、背が低い小太りな男で、容姿的にも異性を魅了するような感じではなかった。
名は仁村幸一で、年齢は38歳だった。
ここの大学の美術講師をしていた。
そしてもう一人は、眼鏡を掛けた細身の男で、こちらも容姿的には異性を魅了するような感じではなかった。
名は島野公平で、年齢は同じく38歳だった。
仁村とは大学時代の同級生で、現在は美術雑誌の編集員をしていた。
「何だ、この絵は?・・・お前の生徒でも書いた絵か?・・・・・。」
仁村に手渡された、ネットからコピーした用紙を見ながら、島野は答えた。
「いや・・・あるサイトで見付けたんだが、公平はどう思う?・・・・・。」
「う〜ん・・・悪くは無いと思うが・・・何だろう・・・まだ粗削りの部分があるが・・・これからかな・・・・・。色彩のセンスは悪く無いよ・・・もう少し頑張れば伸びるんじゃない?・・・まだ若いんだろ?・・・・・。」
「やっぱり、お前もそう思うか・・・・・。実は、プロフィールでは52歳の男なんだ・・・・・。」
そう、仁村が島野に手渡したコピーの絵は、慶の描いていた抽象画だった。
そして、以前から慶の絵に対してコメントを寄せていたのは、仁村だった。
「へ〜・・・そうなんだ・・・何か、絵のタッチとか今風で、これからって感じだから、てっきり若手の作家かと思ったよ・・・・・。」
「実は、中高年の趣味のサイトで見付けたんだが・・・一人だけ場違いなんで、凄く気になってんだよ・・・・・。」
「そんな歳になって、趣味で抽象画始める物好きも居るもんだな・・・・・。まあ・・・某タレントさんでもなれば付加価値で売れるだろうけどね・・・ふふ・・・・・。」
「まあな・・・画家目指すんなら、こんな所に来るより、タレント養成所に行った方が早いかもな・・・ははは・・・・・。あっ・・・そうだ・・・もう一枚あったんだ・・・・・。」
仁村は、フィルケースからコピー用紙を取り出すと、島野に手渡した。
「ん?・・・何だこの裸婦画は?・・・・・。」
「これも同じ52歳の男が描いた絵だ・・・・・。」
「へ〜・・・けっこう良い線いってんじゃん・・・・・。お前は、こう言う方が好きなんじゃないのか?・・・ふふ・・・・。」
「何笑ってんだよ・・・・・。まあ・・・抽象画みたいな、子供の落書きみたいな絵よりはな・・・・・。ただ・・・ここまで画力があるのに、この歳になって抽象画を趣味で始めるのが、良く分らんのだ・・・・・・。俺だったら、風景画でも描いてた方が、全然楽しいと思うんだがな・・・・・。」
「お前は、いつまでたってもそんな事ばかり言ってるから、カミさんも貰えないんだぞ・・・・・。ほら観て見ろよ、この女の絵・・・すげ〜綺麗な体だし・・・きっと美人さんだぞ・・・・・・。良いなあ・・・俺もこんな女房欲しかったな・・・・・。」
島野は既婚者で、いつまでたっても独身物の仁村に対して皮肉を言った。
ただ、連れ添いの方は、島野の言葉に伺われるように、容姿に関しては優れてるとは言い難かった。
「まあ・・・実際に連れ添いなのかは分からんが・・・何かの写真を見て描いたかも知れないからな・・・・・。ただ気になるのは、顔の口元から上が切れてるんだ・・・・・。実際は、顔も全部描いたような感じなんだがな・・・・・。」
「確かに、ここまでリアルに描かれて、知ってる奴が見たら本人と分かってしまうからな・・・・・。何か分けありさんなのかな?・・・例えば、不倫とか?・・・ふふ・・・・・。」
「お前な・・・良く考えろよ・・・全国ネットで裸を晒すんだぞ?・・・・・。自分の女房の裸と分かって耐えられるか?・・・・・。だったら不倫とか関係ないだろ・・・・・・。」
「お前、耐えられるかって・・・俺の女房を指して言ってるのか?・・・・・。」
「もう止め!・・・止め!・・もう切りが無い・・・・・。だったら本題に移るけど・・・どう?・・・お前、興味無いか?・・・こいつに?・・・・・。」
仁村は、いつまでも話の本筋に乗らない島野に、少しイラついて切り出した。
「ん〜・・・確かに、ウチの雑誌も廃刊間際で、上の連中もピリピリしてるからな・・・・・。まあ・・・無いよりは、面白いネタなんで、編集長も喜ぶかもな・・・・・。ところで、その52歳の男と連絡は取れるのか?・・・・・。」
「一昨日に、サイトを通してメールしてみたんだが、まだ返事を貰って無いんだ・・・・・。何か・・・ここ最近おかしくて、絵もアップされてないんだ・・・・・・。日記を読むと、『失いたくない』だの『耐えられない』だのと、意味有り気な感じの言葉が並ぶんだよ・・・・・。」
「おいおい・・・これってやっぱ不倫だろ?・・・モデルの女に対して書いてるんだろ?・・・・・。」
「さあ・・・どうなんだろうな・・・・・。少なくとも・・・一人の人間に対して、異様なほどの感情表現が表れてる様な気がする・・・・。」
・・・・・異様なほどの・・・・・
はあ・・・はあ・・・・・・
慶は、ベッドの上で自分のみなぎりを上下していた。
その日の晩、自分のアパートの一室での事だった。