第20話 虜-2
「そうだ、睦美さん・・・今度、温泉でも泊りに行きませんか?・・・・・。僕の住んでる近くに良い所があるんですよ・・・・・。」
「えっ・・・温泉?・・・・・。ま・・まあ・・・そうね・・・・。」
睦美には家庭がある為、現実的には厳しかった。
それでも、慶の誘いは嬉しく思い、断る事は出来ずに濁す様に誤魔化した。
睦美が嬉しく思う理由の一つは、年齢差から来る物だろう。
どうしても年齢差を考えると、人前で恋人同士を気取るには、恥じらいがあった。
こうして、モーテルの密室で、人知れず二人で過ごす時間が一番の幸せだった。
ただ、それは睦美の一方的な概念であり、慶は違っていた。
モーテルに入る前の少しの時間だけ、人気の無い観光スポットで過ごす事もあるのだが、その時に慶は、自ら睦美と手を繋ぐ事もあった。
睦美は、恥じらいながらも、慶がきちんと恋人として接してくれるのが嬉しかった。
どうしても、モーテル中心で過ごす時間が多く、どこか身体目的なような気もしていたから尚更だった。
慶は、そのまま話を続けた。
「そこにはバラ園もあって、昔、母さんとスケッチブックを持って出掛けたんです・・・・・。今は、時期的に遅いかもしれないけど・・・それでも綺麗な場所ですから、一度、睦美さんを連れて行こうと思ってたんですよ・・・・・。」
「結局私は・・・いつまでたってもお母さん代わりなのよね・・・・・。」
「別に・・・僕はそんなつもりで言った分けじゃないです。・・・・・。僕は睦美さんの事は・・・・・。」
慶は、そっぽを向いた睦美の顔を、自分の方に手繰り寄せると口づけを交わした。
そして、再びみなぎりだして、睦美に手を滑り込ませて求めた。
「うふ・・・もう駄目よ・・・・・。」
睦美は、その手を押さえると拒否した。
もう、すでに満足しているのと、時間を考えると無難だった。
それでも、慶が求めてくるのが嬉しくて、睦美は被せている布団を託し上げると、慶のみなぎりに顔を近づけて口に含んだ。
睦美は、慶が求めて来る限り、出来るだけそれに答えた。
自分のような年齢の女が見切られて、若い子に取られる前に、慶を虜にしたかったのだ。
しかし、その睦美の行為が、やがて慶を狂わせる事になるのだった。
「はあ・・・はあ・・・睦美さん・・・はあ・・・はあ・・・・・・。」
・・・・・・ジュポッ・・・ジュポッ・・・ジュポッ・・・・・
翌日の夕刻前、駅ビル内のカルチャーセンター。
40代の男性講師を前に、十数名の生徒で絵画教室がおこなわれていた。
その中で、睦美と加奈子は隣合わせで座っており、テーブルの上に置かれた果物をデッサンしていた。
他の生徒は、睦美のような子育ても一段落した40代から50代くらいまでの専業主婦や、定年を迎えた60代以上の男性が主だった。
「それでは、今日はこの辺にしましょう・・・・・。次回は、色彩について少し学んでみましょうか・・・・・。」
男性講師が立ち上がり話し出すと、生徒達は一斉に後片付けをした。
もちろん、睦美と加奈子も後片付けに追われていた。
「ねえ睦美さん・・・これから用事で、睦美さんの家の近くを通るんだけど、良かったら乗ってく?・・・・・。」
加奈子は、手を休める事無く睦美に話しかけた。
「えっ・・・良いの?・・・・・。」
「ええ・・・良いわよ・・・・・。一人で運転するのもつまらないし・・・隣に誰かいる方が、話し相手になってもらえるから、逆に助かるわ・・・・・。」
「それじゃあ・・・遠慮なく、お言葉に甘えちゃおうかしら・・・・・。」
「それじゃあ決まりね・・・・・・。」
加奈子は車の免許も持っており、絵画教室には車で通っていたのだ。
睦美の家も、プライベートで何度か尋ねた事があるので、場所も知っていた。
しかし、この何気ない加奈子の誘いが、先行き見えない睦美と慶の関係に、戸惑いと言う影を落とす事になるのだった・・・・・。