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「カオル」
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last-3

 ──自分が我慢すればいい。
 心の中ではそう結論付けたが、真由美には通用しなかった。
 何時も通りを装おうとしても、終始、俯き加減で鬱ぎがちな弟の姿に、彼女は異様さを感じていた。
 真由美は訳を知ろうと、就寝の時刻を見計らって薫の部屋を訪れた。

「薫。さっきからどうしたのよ?」

 薫はベッドに就いていた。
 真由美は、傍らに腰を降ろして弟の顔を上から覗き込む。

「答えなさい。買い物の間に何か遭ったんでしょう?」
「……言えない」

 弟の瞳の奥に、怯えの色が見て取れた。真由美は薫の頬を優しく撫でながら顔を近付けた。

「安心して。お姉ちゃん、あんたの味方だから」
「う……ん」

 薫の頬に髪が掛かる。柔らかい物が口唇を通り、甘い香りが鼻に抜けた。

「……ほら、教えて」

 盲愛とも思える慰めを受け、薫は訥々と留守中の出来事を語った。
 最初、真由美は信じられなかった。友達がそんな事するはずないと思った。

「お姉ちゃん……どうしよう……」

 しかし、苦しむ弟の姿を目の当たりにし、現実だと解った途端、後悔した。
 自分の軽率さが全ての元凶を生んだのだと。

「大丈夫!大丈夫だからッ。お姉ちゃんが、必ず守ってあげる」

 ──この身を犠牲にしても弟は守る!
 薫の肩を抱きしめながら、真由美は強い決意をもった。





(真由美……真由美……)

 降って涌いたような禍の中で、姉弟が絆を確かめ合っていた頃、それをもたらした当事者であるひとみは、その身を妄想の中に委ねていた。
 これまでは、自分の想いは叶わぬ夢で終わるのだと思っていたが、秘密を知った事で、真由美の弱味を握ってしまった。

 ──自分の想いが叶う!

 そう解った時、ひとみは歓喜に打ち震え、邪な感情で頭がいっぱいになった。
 熱い荒波が何重にもなって押し寄せる。昂る想いが鼓動を、息遣いを速めていく。
 痙攣にも似た強張りに意識は途切れ、彼女を浮遊感が包み込んだ。
 恍惚の表情の中、ひとみは叶う事に対する悦びを噛みしめていた。






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