飛んでいく鳥-8
〜〜〜
間もなく進学を迎えようとしている。
節分もバレンタインもとうに過ぎて、僕は相変わらず惰性で日々を過ごしていた。
四十九日が終わっても僕の中は空虚が広がったままだった。
姉さん、いつですか。
一体僕はいつそちらに行ったらいいのでしょうか。
5年、10年?
結婚してから?子供が出来てから?
組織でそれなりの役職についてからですか?
それとも・・・筋肉痛が明後日辺りに来る様になってから?
答えは自分で見つけるしかないと思います。
姉さんなら笑ってこうほざくかもしれない。
病室には何も残っていなかった。
いつも着ていたパジャマだけが残されていた。
これだけで彼女が生きていた証となりうるかは分からない。
端から見たら小さいただのパジャマだからだ。
「やっと名前みたいになれましたね、姉さん。気分はどうですか?」
今頃姉さんは鳥に生まれ変わって、自由に飛び回っているのかな。
僕の前でそういう類の話題を口にした事は無いので、単なる妄想でしか無いのだが。
細くても重い体はもう無い。
足枷も手枷も外してもらえたので、案外、僕のすぐ傍で笑いを堪えながら見守っているのかもしれない。
でも、目には見えない。
何も形見の様な物を残さず両親のところに行ってしまったのだから、残されてしまった僕はやりきれないね。
「はあーあ・・・」
自分の部屋の窓を開けると、春にはまだ早い空が広がっていた。
あの日と同じ、一点の曇りすらなく青々と澄み渡っている。これを灰色に塗り替えれば僕の心の中になるかな。
オルフェウスは、毒蛇に噛まれて死んだ妻を取り戻そうと、冥界へ辿り着いた。
願いが叶って妻が戻ってきたが、現世に戻るまでは決して後ろを向いてはならないという制約つき。
あと一歩という所で思わず妻の顔を見てしまい、今度こそ永遠のお別れ−
僕がもしオルフェウスになれたとしても、同じ轍を踏まない自信など無い。
だから、生きます。
架空の人物に自身を重ねるより、姉さんの言葉を護って。
よぼよぼの、カサカサの、くたばり損ないになっても尚、生きる事を選びます。
こんな灰色の気持ちで思ったから維持出来るか保証出来ません。
でも、せっかく芽吹いたので、せめて枯らさない様にしたいのです。
姉さんの言葉を、たったひとつの、宝物にでもして−
〜おしまい〜