第12話 ブラック・ダイヤモンド-1
・・・・・・シュッ・・・・・シュッ・・・・・
その摩擦音に誘われるように隣を振り向くと、窓際に肘を掛けて風景を眺めながら睦美が、ゆっくりと脚を組み変えていたのだ。
まだ気づいてない事に、慶の視線は思わず膝元に落ちていった。
そこには、スカートとブーツの間に垣間見る、悩ましいダイヤ柄の黒い太腿が覗いていた。
あの日と同じような光景に、胸は高鳴りだした。
睦美を見渡せば、脚を組んだポーズが娼婦のように挑発的で、モーテルが何度も過ぎる度に、何かリアクションを起こしそうな雰囲気に包まれていた。
睦美の用意した二人だけの密室が、もしやモーテルなのかと、慶の頭を過った。
『二人の男女が、肌を交わす為だけの密室・・・・・隣には、黒い光沢で誘うように座る睦美・・・・・』
慶は、このシチュエーションに理性を失い欠けていた。
例え母親と変わらぬような睦美でも、一度惚れてしまえば、最後に求めるのは二人だけの至福・・・・・女性に対して器用な男なら、間違いなくウィンカーを切っていただろう。
だが、男女の関係に全てが無知な慶にとっては、荷が重かった。
当然、睦美もそれは頭にあり、特に警戒する事は無かった。
もし、慶が間違って事を起こすようだったら、睦美の遊戯は狂う事になるのだった。
・・・・・シュッ・・・・・シュッ・・・・・
睦美は、何度も脚を組みかえた。
その摩擦音が室内に響く度に、慶はさりげなく、睦美の膝元に視線を送った。
睦美は、窓際の風景を眺めながらも、それには気づいていた。
そう、あえて気付かない振りをする事によって、慶を弄んでいたのだ。
そして、モーテル通りがある事も、すでにネットで検索済みで、そこを通過するのも把握していた。
その度重なる、魅惑なシチュエーションに、慶がどのように反応するかを楽しんでいたのだ。
だが、その視線を感じた睦美も、どこか身体火照るところもあった。
ハンドルを握る指先が、今にも襲うかと、ためらってるようで・・・・・。
『背徳の指先が・・・・・黒い魅惑に誘われ・・・・・何度も往復させては・・・・・内側に滑り込むように・・・・・園の付近で焦らされて・・・・・恥じらいの蜜がためらう・・・・・』
お互いの私欲が交差し、それに向けて走り出していた。
やがて車はモーテル通りを抜け、民家がちらつき始めていた。
それと同時に、慶の心も落ち着きを取り戻し、再び話題を探ろうとしていた。
しかし、先に言葉を発したのは睦美の方だった。
「あっ慶君・・・そこにコンビニが見えるでしょ?・・・そこの信号の所右に曲がってくれる?・・・・・。」
「あっ・・・はい・・・・・。」
「そうしたら・・・付きあたりに行くと海が見えるから、そこを左に曲がって・・・そのまま真っ直ぐ走ってくれる?・・・・・・。」
睦美は、身振り手振りを交えながら案内した。
それでも目的地は告げず、業を煮やした慶は、思い切って尋ねた。
「分かりました・・・・・。ところで睦美さん・・・これからどこへ行くんですか?・・・・・。まだ・・・教えてもらえないんですか?・・・・・。」
「ふふ・・・そんなに知りたいの?・・・・・・。」
「もちろん・・・ホテルよ・・・・・。」
睦美は、顔を傾けながら口元に笑みを浮かべて、悪びれず答えた。
その言葉を聞いた慶は、不意を突かれたような気持ちになった。
モーテル通りを過ぎて、胸を撫で下ろしている矢先の事だったからだ。
思わず視線を戻して、運転に集中してるかのように動揺を隠した。
「ホ・・ホテルですか?・・・・・。」
「そうよ・・・私とじゃ嫌?・・・・・。」
「いやっ・・・それは・・・・・。」
慶は、睦美の真意を確かめたくもう一度訪ねるのだが、変わらぬ思わせぶりな態度に、動揺は増すばかりだった。
その中で言葉を考えるのだが、しかし、それ以上は浮かばず、無言のまま海沿いの道路を走らせるのだった。
睦美も、相変わらず窓際に視線を向けては、組まれた上の脚でリズムを取り、どこか余裕あり気な態度だった。
しばらく走ると、温泉街に差し掛かった。
海辺には海水浴場があり、観光スポットにもなっていた。
そこにも、何軒かモーテルが見受けられ、またも通り過ぎる度に、睦美がリアクションしそうで緊張が走っていた。
慶の田舎では、モーテルも含めてホテルと称されていた。
睦美が、思わせぶりな態度でホテルと発した事に、慶は本来の目的を忘れ、自分が求めらてると思った。
改めてここまでの経緯を思い返せば、慶の睦美に対する想いは、求める母性から始まった。
それが屈折して淫らな妄想を描いて、真意が分からぬままに、灰色の気持ちで再び睦美と会う事になった。
そして今、求める睦美を目の前にして、慶自身も身体を重ねる事で具体的になると思い始めた。