『STEEL DUST GLAVES』人形舞刀篇-1
豪華な中華風の彫り物が施されている天蓋の下。
妖艶な甘い匂いが包む高級売春宿”桃源郷”の一室、二つの肉体が互いを貪っていた。
彼の名は”繰躯傀儡”白麗花。(パイリィホァ)”彼というのは、この二人の男女が元より一人の人間だったことを指している。彼は致命的な事故に逢い、国際法で遺法とされている特殊なサイバネティック手術を行って、男と女に別れた稀なサイボーグであった。彼は男の自身を“白麗”、女の自身を”麗花”と呼んでいる。彼は今、濃密な自己陶酔行為に浸っていた。
「ねえ、白麗」
甘い吐息で麗花が声を挙げる。華奢な腕が白麗の首筋に絡む。
「なんだ麗花」
喋りながら麗花の唇を貪る。
「そろそろ黄が、玲の首を持ってくる頃じゃない」
「そうだな」
ああ己が行けば良かった、と彼等は思う。
今でも鮮明に思い出す、あの記憶に二人は抑えきれない興奮を覚える。
彼の逢った不運な事故、それは玲の逆鱗に触れたことであった。
もとより同門の間柄ではあったが、白は玲を快く思ってはいなかった。
師父、陸征嶺が拾ってきた何処の骨とも知れない少年。
それが玲であった。
彼は瞬く間に武術の才の頭角を表し、年長の白を完膚なきまでに叩きのめした。
名家武門の出である自分が、名も知れぬ卑しい餓鬼に敗北を。
倒れた茫然自失の白に、玲が立ち上がれるよう手を差し伸べた瞬間、白の心に影が宿った。
彼の虚栄に満ちた自尊心は、彼にこの恥辱を注ぐ復讐を求めたのだ。
奴の絶え難い苦痛に歪む顔が見たい。
自分が受けた以上の恥辱を与えたい。
奴に、
奴に、
奴に。
昼と無く。
夜と無く。
まるで一途な恋の様ではないか。
そう考えると、自分は奴に恋しているのかもしれない。
次第に錯倒した感情を抱くようになる。
身を焦すような、復讐の念。
組み伏せてやろう。屈服させてやろう。
俺の事しか考えれなくしてやろう。
憎悪に満ちた白の思考は、彼を狂行へと走らせた。
師父の娘を白に従う同門の徒、数名で犯したのだ。
玲との婚前前夜、奴の見ている前で。
白は表面上、玲とは朋友とも呼べる間柄だった。
幾年にも煮えたぎる憎悪を胸に秘め、仮面を被り善き男を演じていた。
すべては、今宵の饗宴の為に。
善き酒が手に入った、呑もうではないか。
白は至上の笑みで、玲に毒を盛った。
玲は内家の技を使う為に、なんら体に手を加えていない至極真っ当な人間であった。
だから毒も善く効く。
意識はその侭に、自分の愛する人が汚される様を見せられる。
愉快。
女になど興味は無かったが、憎悪と悲しみに歪む玲の顔を見て酷く興奮した。
だから力加減を誤り、女を殺してしてしまった。
故意にだが。
玲があまりに善い顔をするものだから、つい。
笑っていた。
狂っていた。
なにかの潰れる音が聞こえた。
未だ体温の残る女の死体を貪っていた男の頭が亡くなっていた。
玲だ。