第6話 一枚の絵-1
二人が出会ってから、三日ほど過ぎた朝だった。
閑静な住宅街にある、一戸建てのダイニングルームの自宅に睦美は居た。
夫は会社に出勤したばかりで、テーブルの上の食器の後片づけに追われていた。
住居は、慶のアパートから南の方角に車で約2時間で、出会った駅が丁度中間にあたる感じだった。
地域は有名な観光地で、中心街に出るとオフィスビルなどが立ち並び、慶の住んでる町並みより大分拓けていた。
家は築15年ほどの7DKで、当時から主流になり始めた気密住宅だった。
部屋も畳の和室が2部屋ほどしか無く、ほとんどの部屋がフローリングのモダンな洋風住宅だった。
部屋の内装は、年数の割にはほとんど痛んでおらず、見た目は真新しい綺麗な住まいだった。
それには、睦美を合わせて夫と息子の三人しか住んでおらず、使用されてない部屋が多い為だった。
家族が増える事を想定して、部屋数を多めに設計して建てたのだが、結局は息子一人以外授かる事は無かった。
その息子も、ケンカ相手をするような兄弟が居ない為か、家の中では、特に手の掛るような事も無く、部屋が痛む事が無かった。
今は、大学に進学して、家を離れ一人暮らしをしている為、夫と二人だけの生活になった。
平凡で、それなりに幸せな家庭環境だが、それでも、夫が出勤して一人になると、心の隙間に満たされない寂しさがこみ上げてくるのだ。
睦美は、朝食の後片付けが終わると、真っ先に奥のリビングに向かった。
他にも家事仕事は残っていたが、専業主婦が故に時間は持て余していた。
ソファーに陣取ると、リビングテーブルの下から、自分のノートパソコンを取りだした。
そのパソコンは、睦美以外には覗かれない様に、パスワードでロックが掛っていた。
この事は夫も承諾済みで、お互いのプライベートに関しては、あまり深く関わらないのが二人だけの暗黙の了解だった。
それはそれで、束縛されず自由気ままで良いのだが、お互いの過ちに対しても認知してるようで、どこか悲しい部分もあった。
夫に関しては、その辺は不器用な方で心配は無いのだが、睦美に関しては、それを裏切るかのように、私利私欲に追われていた。
睦美は、パソコンが起ち上がると、例の趣味クラブのサイトに繋いだ。
そして自分のページに繋ぐと、一件のサイト内のメールを受信していた。
送り主は、いつものように男性会員からのフレンド申請の申し込みかと思っていたが、この日は違っていた。
なぜそう思ったかと言うと、男はいくつになっても異性への興味が衰えず、このような中高年サイトでも、ほぼ毎日のように申し込みのメールが送られて来るからだ。
しかし、睦美は慶との一件以来、しばらくは他の男性会員との交流も拒んでいた。
だが、このメールの送り主は52歳の男で、ハンドルネームが『ムーン』だった。
もちろん、睦美を悩ませている、その慶だった。
あの日以来、始めてメールを送ってきたのだ。
内容の方は当たり障りの無い、あの日のお礼と、自分の新しい絵をサイトにアップしたとの事だった。
あれから睦美は、慶の事を忘れようと必死だった。
そんな矢先に送られてきたメールに、動揺の色を隠しきれなかった。
これ以上関わると、自分だけでなく家族をも巻き込みそうで怖かった。
それでも、無理やり押さえ込むように拒絶するほど、慶に対する愛しい気持ちが奥底から蘇るのだ。
睦美は、このまま関わりを断つか、慶の絵を覗いて見るか迷っていた。
絵を観ようと慶のページに繋ぐと、閲覧履歴が残り閲覧された事が分かってしまい、何か気を引くような感じがして、あまり気が乗らなかった。
しかし、それ以上に自分に対する想いの真意も知りたかった。