KILL OR DIE-3
「マスター、店内が破壊されても、文句はありませんね」
「かまわん。しかし、俺の大事な店を傷物にしておいて、『逃がしました』じゃかなわんぞ」
キサラギの言葉に、中年のマスターはそう答えた。成程。この店を経営するカモッラと、キサラギに俺の殺害したカモッラは同一のファミリーか。とすると、キサラギが此処に来たのはマスターの密告が原因か。
「店の修理費を心配する必要はないぜ、マスター。こいつを殺したら、あんたもあの世へ送ってやるからな」
俺はそう言ってマスターに殺意をぶつけた。マスターは面白い程に顔面を蒼白にさせ、キサラギに救いを求めて視線を送る。
「残念ながら、マスターの命の保護に関しては、契約書には一切書かれていませんでした。まぁ当然ですがね。自分の身は自分で守って下さい」
無慈悲に言い放つキサラギ。マスターは血相を変えながら、大事な店を放り出して裏口へと走り出す。不穏な空気を感じ取ったのか、他の客たちもいつのまにか消えていた。好都合だ。
「あなたたちは、下がっていて下さい。くれぐれも、手を出さないようにお願いします」
キサラギは周りのカモッラたちに言った。神妙な顔付きで男たちは後退した。
俺も一歩下がり、間合いを広げた。互いの武器の性能上、離れすぎれば、俺が有利。近付きすぎても、俺が有利。キサラギの半径二メートルから三メートルがもっとも危険な領域だ。 俺たちは暫し、無言でにらみ合う。辺りを静寂が支配し、研ぎ澄まされた殺意同士がぶつかり合う。
「グレス・ローハインドより受け継がれし技。見せて貰いましょう」
「いいぜ。見物料は、貴様の命だ。破格の安さだろ?」
「払うつもりは、ありませんね」
「ただ見はご法度だぜ!?」
俺は言い終わるやいなや、ホルスターから拳銃を抜き放ち、キサラギの腹に照準を定める。轟音。時速千四百キロの銃弾は音を置き去りにして飛来する。耳朶を打つ、金属音。俺は驚愕に目を見開いた。音速を越える銃弾を、キサラギはその長く、重い刀で易々と弾き飛ばしたのだ。
「いくら速くとも、銃弾は所詮、無生物。命の通わぬ物の動きは、読みやすい」
俺の視界を、一陣の閃光が煌めいた。背後に跳躍。紙一重で刃が眼前をかすめ、空裂が俺の頬に傷を残した。速い!
「よく、かわしましたね」
と、キサラギ。の言葉が言い終わった瞬間。俺は引金を超高速で引き絞る。銃声は一度。しかし、放たれた銃弾は三発。キサラギの腕が悪夢の如くかき消える。金属音は同じく一度切りだ。しかし、銃弾は全て、あらぬ方向へ弾け飛ぶ。キサラギが前進した。俺はバックステップで間合いを広げながら、新たに銃弾を込める。突如、キザラギが前進速度を上昇させた。一気にケリを付けるつもりか。しかし、それは逆にチャンスでもある。懐にさえ飛込んでしまえば、刀はそれ程怖い武器ではない。奴の懐に入り、打つ。 俺は床を蹴り、素早く突進する。問題は、それを迎え撃つキサラギの斬撃を防げるか否かだ。相互の距離が、三メートルまで縮まった。刹那―弾丸並の速度で煌めく斬撃。それも一つではない。俺の類い稀なる動体視力が四本の閃光を捕らえた。一撃目、かろうじて銃を盾に受け止める。二撃目、左腕に仕込んだ鉄製のガードリストで防ぐ。三撃目は、さらに速かった。踏み出す足を軸に体制を変えるが、間に合わない。右肩を深々と斬撃が切り裂き、血しぶきが舞い上がる。電流の如く走る激痛。追い討ちをかけるような、四度目の剛剣が迫る。突きだ!
直線的な斬撃よりも、点で捕らえねばならない突きの方が、遥かに防ぐのは困難だ。瞬時時にして回避は不可能と判断し、俺は一撃目を防いだ銃の引金を引く。その一瞬で狙うことができるポイントの中に、キサラギと刀は含まれていなかった。しかし、一ヶ所だけ絶好のポイントが存在した。それは、奴の背後にそびえるコンクリート作りの壁だ。本来なら戦略とは、相手に気付かれてはその意味をなさない。しかし、この時ばかりは、キサラギが俺の意図に気付いてくれるよう願った。キサラギの顔が、焦りに歪む。奴は俺を襲う斬撃の手を止め、横手に飛びすさる。俺も同じく飛びすさった。その刹那、先程まで俺たちが立っていた空間を銃弾が切り裂いた。戦略は成功だ。
「跳弾を利用しましたか…恐ろしい方だ…」
キサラギは額に汗を浮かべて言った。
「お前も化け物だな…」
銃弾は、コンクリートなどの固い物にぶつかれば跳ね変える。それを跳弾と呼ぶ。跳ね帰った跳弾は多少威力は落ちるが、それでも人間に取っては致命的な一撃であることに代わりはない。