第4話 汚れのない誘惑-1
車中は、しばらく沈黙していた。
その中で睦美は、青年の異様な態度が気になっていた。
先ほどから青年は、会話するたび目線を睦美にやるのだが、それに答えて目を合わせようとすると反らすのだった。
それが恥ずかしさからだとしたら、若い男に女として意識される事に悪い気もしなかった。
それ以外にも、睦美は座ると脚を組む癖があるのだが、その度に青年はさりげなく睦美の膝元を覗くのだった。
確かに、睦美の履いているタイトスカートは膝丈までしかなく、脚を組むと太腿が半分くらい露わになるのだ。
さらに、その太腿を包んでいる光沢の帯びた黒いパンティーストッキングが、どこか性的な魅力を演出していた。
その為、相手が意中の男で無かった場合の為に、膝に掛ける為のストールをショルダーバックに忍ばせていたのだが、あまりにも若い青年だった為に警戒はしていなかった。
本来なら、52歳の男を意識して狙った服装だったが、まさか青年をも魅惑するとは思ってもいなかった。
それでも、相手は30も上の熟年女にしろ、男の性として無意識の行動なんだと思い、今は軽く流した。
睦美が車内の時計に目をやると、正午を回ろうとしていた。
「慶君悪いけど、駅に戻ってくれる?・・・・・。」
今から駅に戻れば、午後一時過ぎの列車に間に合うのだった。
ほぼ二時間おきに一本のローカル線ゆえに、これを逃すとしばらく青年に付き合う事になるので、それだけは避けたかった。
「えっ・・・もう帰るんですか?・・・・・・。そろそろ昼時なんで、お食事でもどうかと思ってたんですけど・・・・・。」
青年は、残念そうな表情で情に訴えかける。
それに対して睦美も、自分を女としてよりも母親代わりの対象として受け止められられてると思い、情に流される事は無かった。
むしろ、あまりの年齢差ゆえに、そう受け止める事しかできなかった。
「ごめんね・・・・気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり遠慮しとくわ・・・・・。誘ったのは私の方なのに、本当にごめんね・・・・・。」
「別に・・・慶君の事嫌いだから言ってるんじゃ無いのよ・・・・・。ただ・・・やっぱりこう言うの良くないと思ってるの・・・・・。私の言ってる事分かるよね?・・・・・。」
「そうですか・・・分かりました・・・・・。確かに、僕のような子供相手じゃ睦美さんも大変ですからね・・・・・。本当・・・もう少し早く生まれて、睦美さんのような女性に会いたかったです・・・・・・。」
「ちょ・・・ちょっと・・・慶君たら・・・・・・。」
青年の意味深な言葉に、睦美は困惑した。
本心なのか分からないが、どこか女性心理を突くような言葉だった。
このまま青年と別れるのも、名残惜しい気分にさせられていた。
青年は、右側にコンビニエンスストアーを見付けると、駐車場に入り、すぐに迂回して駅の方に走らせた。
その時の、ハンドルを握る青年の細長い綺麗な指先に、睦美は思わず見とれてしまった。
その中で一瞬、良からぬ妄想が、睦美の頭を駆け巡っていた。
しばらく車中は、水を打った静けさのように沈黙が続いた。
「今日は、こんなおばさんに付き合ってくれてありがとうね・・・・・。慶君も気疲れしたんじゃない?・・・・・。」
睦美も青年に対して、そんなに悪い印象は無かったので、後味の悪い別れ方はしたくないと思い会話を続けた。
「いえ・・・そんな事ないです・・・・・。睦美さんこそ、こんな僕に付き合ってくれてありがとうございました・・・・・。短い時間でしたけど、一緒に過ごせて楽しかったです・・・・・。」
「慶君も、お世辞がうまいわね・・・・・。本当は若い子の方が良かったんじゃない?・・・・・。ところで・・・彼女はいるの?・・・・・。」
睦美は、青年の謙虚な姿勢がどこか可愛く思えて、会話を広げた。
しかし、それが青年に対する新たな気持ちを芽生えさせる事になるとは思いもよらなかった。