第3話 戸惑い-2
「ねえ、ムーンさん・・・あっ・・・そうだ・・・その前に名前を聞こうかしらね・・・・・。後・・・お歳も教えてくれると助かるわ・・・・・。」
業を煮やした睦美は、会話らしい言葉をはじめて交わした。
少しイラついてるのか、つま先を小さく何度も踏み鳴らしていた。
「あっ・・・ケ・・ケイです・・・・・。え〜と・・・漢字で書くと慶応大学の慶です・・・・・。そしてあの〜・・・年齢は、二十歳になったばかりです・・・・・。」
青年も、睦美の態度に気を焦り、少し慌てた感じで答えた。
「へ〜まだ若いわね・・・ふふ・・・私の息子の一つ下かな・・・・・。私は睦美で、仲睦まじいの睦に美しいと書くのよ・・・・・。歳は、プロフの通りおばさんだわ・・・・・。」
「ところで、慶君・・・どうして、私と会おうと思ったの?・・・だって、親子ほど年齢が違うのよ?・・・・・。」
青年の気の焦りを察した睦美は、少し気を使いながら柔らかい口調で話した。
「そ・・それは、・・・ヤヨイさん・・・いやっ睦美さんが、僕の絵を理解してくれたからです・・・・・。僕の絵は、落書きみたいなものですから他の会員の方は相手にしくれません・・・何か馬鹿にしたようなコメントを貰ったりはしますけど・・・・・。でも・・・そんな時・・・そんな時だったんです・・・睦美さんからコメントを貰ったのは・・・・・。あの時は、本当に嬉しかったんです!・・・きちんと理解してくれてるし・・・・・。」
「だけど・・・年齢を嘘ついたのは、本当にごめんなさい!・・・・・。どうしてもあのサイトは、僕のような年齢は相手にしてくれないものですから・・・つい・・・・・。」
「そうだったのね・・・・・。でも、誘ったのは私の方からだけど、それだけで会おうと思ったの?・・・・・。だって、おばさんなのよ?・・・形はどうあれ・・・一日おばさんとデートする事になるのよ?・・・・・。」
「だって・・・睦美さんのメールを読むと、僕の作品をいつも誉めてくれるし・・・何か母さんを思い出したんです・・・・・。」
「実は、僕の母さんは、中学三年の時に交通事故で死んだんです・・・・・。それまでは、僕の絵を見ては誉めてくれるのは母さんだけだったんです・・・唯一の理解者だったのかな・・・・・。それに・・・父さんは仕事一筋の人だったから、僕の事なんて構ってくれません・・・だからつい母さんに甘えちゃう感じでした・・・・・。母さんが亡くなってからは張り合いが無くなって、絵も学校の授業以外描かなくなりました・・・・・。高校の先生から美大も勧められたんですけど・・・結局・・・面倒になって就職しちゃいました・・・・・。」
「でも、最近また無性に絵を描きたくなったんです・・・・・。そうしたら・・・たまたま・・・あのサイトを見付けて投稿してみたんです・・・・・。それで睦美さんと・・・・・。」
「結局、私は母親代わりだった訳?・・・・・。」
「そ・・・それは・・・・・・。」
青年の長い話に、睦美はしばらく耳を傾けて、単刀直入に問いただした。
青年は、気まずそうに言葉に詰まった。
確かに、絵画に対する純粋な青年の気持ちを弄んだ事に罪悪感はあった。
それを利用して、情事を期待してた事も含めてだった。
ただ青年も睦美に対して、母親代わりの甘えを期待してかと思うと、同情するほどは無いと思えていた。
「困るのよねえ・・・確かに慶君の作品は素晴らしいと思うし魅力的だけど・・・だからと言って私はお母さんのようにはなれないと思うわ・・・・・。それよりも・・・慶君と私のような親子ほど離れた年齢の男女が二人きりで会うっておかしいと思わなかったの?・・・もしかしてその先に何かあるって考えなかったの?・・・・・。」
睦美は、自分も情事を期待してた事を棚に上げておきながら、青年の事を問いただした。
さらに、例の抽象画の作品にしても、出任せに誉めただけで理解はしてなかった。
青年には気の毒だが、この場を納めるには罪を被ってもらうしかなかった。
「いやっ・・・ぼ・・僕は別に、睦美さんとそんなつもりで会うとは・・・ただ絵の話しだけでもと・・・・・。本当に・・・本当なんです!・・・・・。」
「何そんなに慌ててるのよ・・・ふふ・・・ちょっとおかくしくなってきちゃったわ・・・当たり前じゃないのよ・・・慶君も、おばさん相手に考え過ぎよ・・・ふふふ・・・・・。」
「ただね・・・慶君にしてみれば、絵の話をしたいだけだと思っても・・・回りの人から見れば、どう捉えられるか分からないわ・・・・・。最近だってテレビじゃ・・・私達みたいな年齢が好きな、若い子とか出ているからね・・・まあ、目的はともかくとしてもね・・・・・。でも・・・ふふ・・・さすがに慶君のような子は無いと思うわ・・・本当にごめんなさい・・・今の真面目に答えてる慶君の姿が可笑しくてつい・・・ふふふ・・・・・。」
睦美は、年齢的にありえない事柄を、純粋に答える青年の姿が滑稽に思い、拍子抜けがして気持ちが和らいでいた。
ただ、少し調子に乗り嘲笑してしまい、それで青年が顔を真っ赤にしてる姿が気の毒に思い、睦美はしばらく黙って様子を伺う事にした。
しかし、青年の奥底には、睦美のような年齢には決して向けてはならぬ、只よらぬ感情が芽生え始めていた・・・・・・。